【何で俺が】説明させられた【こんな目に】
意識が浮上した。エレットマーレから帰ってくるのと眠りから覚めるのは少し似ている気がする。
座ったまま眠った後のように身体の節々が痛む。俺は接続用に無理やり被せられたヘルメットを外しながら、目を何度か瞬かせた。
知らない人間が俺の顔を覗き込んでいた。その人が掛けたサングラスには、俺の呆けた顔が写っていた。
「うわぁっ!?」
俺が叫ぶと、その人も驚いたのかびくりと肩を竦ませてどこかに行ってしまう。
「あ、おはよう真澄くん」
「お、おはようございます……?」
サングラスが向かった先は、旧型のでかくて分厚いパソコンを操作していた篠原のところだった。篠原は顔を上げ、作業を中断し俺の下へ歩いてくる。その後ろを、ヤンキーがついてきている。
「気分はどうかな?」
「え、普通です」
「それは結構。じゃあこれ返すよ」
そういって手渡されたのは、俺のスマートフォンだ。画面は暗くなっているが電源ボタンを押せば明るくなった。ほっと胸を撫でおろしていると、それを見て篠原は笑った。
「調べてみたけど、Mnet001は完全に駆除できてたから安心して」
「あ、ありがとうございます」
「ところで」
「はい?」
「なんで君のアバターが女子高生だったか聞いてもいい?」
その言葉に、俺はぴしりと石のように固まった。
「なに、聞いちゃいけなかった?」
「いや、別にいいんですけど……」
「だって君、SNSの写真でよくバズるMasumiさんでしょ?」
「何で知ってるんですか!」
「リットさんが教えてくれた」
篠原が指さした先には、さっき俺の顔を覗き込んでいたサングラスの人がいる。一瞬しか顔が見れなかったが、かなり特徴的な人だ。
まず目を引くのはサングラス。顔の半分を覆う、ハリウッドの大女優がかけてそうな奴だ。真っ黒なガラスの向こうの目は見えない。深く被った黒いニット帽は額まですっぽりと隠れていて、髪型は分からなかった。何とか見えている顔の部分は、右半分がエスニックなタトゥーがびっしりと入っていた。怖い。ヤのつく自営業の人が彫っていそうな和柄ではないが、これもやっぱり怖い。
「リットさんはネットの情報に詳しいんだ」
この格好でかよ、という言葉は飲み込んだ。
そのリットさん、と呼ばれたサングラスは僕に中指を立てて口を動かした。動かしたが、何を言っているか分からないくらい声が小さい。
「あはは。リットさんが「何じろじろ見てんだ」だってさ」
「声小さすぎませんか!?」
「リットさんはいつもこんなだ」
ヤンキーの言葉にリットさんはこくりと頷いて、今度こそどこかに行ってしまった。倉庫の奥に扉でもあるのだろうか。
「それでそれで? なんで君は女子高生のアバターなの?」
篠原の興味は失せそうにない。多分俺がごねてもこいつは折れないだろう。俺は仕方なくため息を吐いて口を開いた。
「……聞いても笑わないでくださいよ」
「うんうん」
「さっき言ってたけど、俺SNSの写真界隈ではそれなりに有名なんですよ。写真の加工とか角度とか特に勉強したことないけど結構評判よくて……フォロワーも増えるし、いいねも貰えるし、褒めてもらえるから、どうしたらもっといいねがもらえるかな、って考えて。それでしばらく写真じゃなくて自分のアバターを弄ってたんですけど、そうしたら女の子のアバターの方が受けが良かったから……」
声がどんどん尻すぼみになる。なんでこんなことを初対面の人に説明しなくちゃいけないんだ。
エレットマーレの仕様上、アバターはマイナンバー一つにつき一体しか作ることができない。アバターの性別やアクセサリを変更する自由度は高いが、複垢を許すとサーバーに負荷がかかるからだ。この処理は日本のみで適用されている。何故ならエレットマーレを介したSNSの利用言語は一位が英語、そして二位が日本語と圧倒的に日本ユーザーが多い。海外のユーザーなら複垢もできるらしいが、エレットマーレのセキュリティはかなり強固だ。リージョンコードの管理も厳しく、少なくとも俺は日本人で複垢を操作しているユーザーを知らない。
「だからお前ネカマなのか」
「ネカマじゃない! ただ女の子のアバター使ってるだけ!」
「僕も気持ち分かるよ。可愛い幼女のアバター使ってたら大体近くに来てくれるのは同じような幼女アバターだからね。中の人などいない」
「気持ち悪い」
「それと一緒にはされたくない……」
「二人とも僕を罵倒することで仲良くなった?」
悲しい、と言いながらまた泣き真似をしている篠原を若干引いた目で見ていると、ヤンキーの晃が言った。
「お前絶対そのうち犯罪起こすからな」
「起こさないよ! 幼女は尊いんだよ! むしろ周りの自称ロリコンとかいう性欲を抑えきれない変態どもがおかしいんだよ!」
「うるさ」
「大体ね、世間様が考えるロリコンってのはただの弱いものに目を付けた性犯罪者なんだから。本当のロリコンってのは幼女をおうちに迎えたらおやつをあげて一緒にプリキュアを見て五時になったら自宅まで送り届けてあげる紳士の事を指すんだよ」
「本当に気持ち悪い。死ね」
「俺はそんな人と同類だと思われてるのか……」
変態と同じ扱いだったことがショックすぎる。篠原はショックを受けている俺のことは気にせずに眼鏡を拭きながら言った。
「まあ、僕の幼女に対する思いは今は関係ないからね。僕が聞きたかったのは君が女性アバターを使用している理由と、あと最近利用したネットサービス」
「ネットサービス、ですか」
「うん。Mnet001の感染経路について知りたいから、ここ一週間どんなものに接続したのか教えて」
篠原は周辺に積んであった段ボールからクリップボードを取り出し、エレットマーレにログインする前に彼が座っていたパイプ椅子にまた座った。これだけ見ると、何かの面接か病院の診察みたいだ。
俺は使用しているアプリとSNS、そして娯楽サイトを指折り数えてみた。
「ツイッターと、You tubeと、あと5ちゃんねると、まとめサイトくらいかな」
「びっくりするほど普通だね。エッチなビデオは?」
「み、見ませんよスマホでは!」
「あ、パソコンでは見るんだ」
とんだセクハラだ。同性間でもセクハラは罪に問われるんだぞ。そう言ってやりたかったが、その言葉は篠原の真剣な表情を前に口の中で消えてしまう。
「うーん……ってことはまた感染経路は不明か……ほんと、対症療法しかできないとパンデミックが起きた時困るよね」
「そうなる前に原因が見つかればいいけどな」
「WHOが電脳ウィルス性精神欠乏症をちゃんと病気だって認可してくれればもう少し僕らの仕事も楽になるのに」
「ゲーム依存症と似たようなもんだろ」
「あれくらい感染が広まって社会現象になったらそれこそ手が付けられないよ」
「じゃあ無理だな」
「僕が必死に国際機関に訴え続けてる事を無理って言わないで」
晃と篠原の会話についていけない。頭上に浮かぶ疑問符を隠そうともしない俺に晃は勝ち誇ったような目を、篠原は苦笑いを向けた。
「ごめんごめん、君をほったらかしにしたかった訳じゃないんだ」
「お前みたいなバカには分からない話だろうな」
「え、タコをイカっていう人に言われたくない……」
「んだとコラァ!」
猫のような威嚇をしてくる晃を、暴れないように篠原が笑いながら押さえつけている。慣れた様子から見ると、多分慣れている。
「それでさ、相談なんだけど真澄くん」
「はあ」
「君、僕らと働く気ない?」
「は?」
思った以上に間抜けな声が出た。篠原は俺の唖然とした様子を見ていないのか、ペラペラと話し続ける。
「いや、ね? ジェノバってやることが多いわりに知名度が致命的に低いからいつも人手不足なんだ。こんな風にエレットマーレにログインしてMnet001を駆除するほかにも、感染機器の特定とかウィルスの感染経路を探したり、あとリットさんはウィルスバスターを改造してMnet001に対抗するアンチウィルスソフトを開発したり。だから君みたいにSNSで有名な人が入ってくれると広報もできるし僕らは人手が増えて万々歳っていうか。あ、さっきの「ちめい」は別にダジャレじゃないよ」
「寒い。零点」
「晃くん、君に足りないのは優しさだよ。よく覚えておきなさい」
「お前に分ける優しさはない」
「ま、待ってください。俺が、ここでそんな仕事を?」
「うん。バイト代出るよ」
「でも、別に俺金に困ってるわけじゃないし……」
あまりに突然の話に頭がついていかない。俺は、混乱したまま思ったことを口にした。
「急にそんなこと言われても困る……」
「あ、Mnet001が撲滅した暁には世界の救世主ってことで一気に知名度爆上がりだよ。ツイッターで呟いた瞬間に通知がジャスティンビーバー並みに凄いことになるかも」
「やります。よろしくお願いします」
欲望には、さすがに負けるよね。
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