私の仕事は転生エージェント

ななくさ ゆう

私の仕事は転生エージェント

「残念ですが、あなたは亡くなりました」


 私は努めて淡々と、目の前の青年に言った。

 天界履歴書によれば、24歳男性。氏名は大杉健一郎。日本という国に生まれ、人生これからという時期に死亡したそうだ。


 淡々と言うのは、相手にショックを与えないため。

 笑顔で言うのもおかしい。かといって、転生エージェントという職業は相手に同情して感情移入しすぎるのも良くない。


 できる限り感情を抑えて語りかけるのがポイント……

 ……と、新人研修のマニュアルに書いてあった。


「そうでしょうね」


 私以上に淡々と答える大杉氏。


「ご愁傷様です」

「いえいえ、お気になさらず」


 うん。何故かこっちが心配された。


 大杉氏はさらに淡々と尋ねてくる。


「それで、僕はこれからどうなるんですか? 死んだらもうそれで終わりだと思ったんですけど、ここは天国とか地獄とか、そういう場所ですか?」


 もっともな疑問である。


「いえ、ここは天国でも地獄でもありません。そもそも、そんなものは人間が勝手に考えたモノです。本来、死んだ人間の魂はそのうちやがて消えてしまいます」

「そうですか。じゃあ、ぼくも消えるんですね」


 なんだろう、この大杉氏、運命をあっさり受け入れすぎに思うのだが。


 ま、まあいい。マニュアルに従って盛り上げていこう。


「しかーし、あなたは運が良い。抽選の結果、別世界に転生できることになりましたっ!!」


 鳴り響くファンファーレ。


「はぁ」


 うう、そういう冷めた頷きやめてほしい。魔法まで使ってファンファーレをならした私の方が間抜けみたいじゃないか。


「これはね、名誉なことです。1000万人に1人の確率です」

「とすると、地球全人口で考えると730人くらいは転生できるわけですか」


 そういう言い方をしないで欲しい。なんだかありがたみが思いっきり減るじゃないか。

 ええい、話を先に進めちゃる。


「そんなわけで、あなたには転生先を選んでもらいます。まず、第一候補は……」

「あーいいです、そういうの」


 無理矢理でも盛り上げようとする私に、大杉氏は手を横に振って拒否してみせる。


「転生先はどこでも良いと?」

「いや、そうじゃなくて、別に転生とかしたくないし」


 ちょっと、待てコラ。


「で、ですが、たとえばこの案件ですと、チート魔法能力を得て世界を救う勇者になれますよ? どうです、魅力的でしょう?」

「そんな、わざわざ世界の救世主みたいなブラック仕事やりたくないです」


 顔を引きつらせる私。


「じゃ、じゃあ、こっち。未来世界でロボットにのって……」

「戦争でもするんですか? 生まれる前から徴兵されるみたいなのは絶対ゴメンです」


 ううう。


「な、ならこっちは、おお、これはいい。猫耳や熊耳の女の子とイチャイチャラブラブ生活が……」

「僕、他人が恐くて恋愛とかできないタイプなんで。性欲もうつ病になってからほとんどなくなったし」


 おいおい。


「じゃあ、これはどうでしょう? チートな力持ちに転生して、世界を救うヒーローになるための学校に……」

「学校なんて虐められた思い出しかありません。2度と行きたくないですね」

「なら、静かな田舎で……」

「虫とか嫌いなんで、田舎はちょっと」

「チート魔法で天才医師になって……」

「血を見るのきらいなんで、医者とか冗談じゃないです」

「スマホで検索しながらチート知識改革を……」

「とことんメンドくさそうなんでパスで」


 ……こ、このヤロウ。


 私が戦慄いていると、彼は逆に私に尋ねてきた。


「そもそも、貴女は一体何者なんですか?」

「私は転生エージェントです。これから転生する方にぴったりな進路をマッチングするのが仕事です」


 まだ新人で、一人で担当するのはあなたが初めてだけど、とこれは心の中で付け足す。


「あー、ようするに転職エージェントみたいなもんですね」

「そう、それですっ!!」

「あれ、最悪っすね」

「そうそう、最悪……って、え?」

「僕もね、世話になったんですよ。転職エージェントに。で、就職してみたら話が全然違って無茶なノルマやらサービス残業やらパワハラやらばかり。エージェントの人に相談しても、1度終わった案件はもうどうでもいいみたいな扱いで。

 ほんと、死ねやぼけって感じですね」


 ……いや、それは相当運が悪かったというか、担当した人がたまたまダメだっただけなんじゃ。


「僕はもう疲れたんです。だから首をつったんです。いまさら転生して勇者になったり、戦争に行ったり、田舎暮らししたり、改革したりするほどの根性残ってないです。転生なんていらないんで、とっとと消滅させる方針でお願いします」


 ……最悪である。

 確かに彼にとって転生は権利であって義務ではない。

 

 だが。


 ――いきなり、案件失敗とか、私のキャリアどうなるのよ。


 ……と思った声が漏れていたらしい。


「つまり、貴女のキャリアのために無理にでも転生しろと。あの転職エージェントもそういう態度でしたよね。今思えば。

 就職できれば誰もが喜ぶとか、転生できたら誰もが喜ぶとか、そんな決めつけして欲しくないですね。ぶっちゃけ傲慢ですよ」


 こ、こういう時はどうしたら良いのかしら。

 えっと、マニュアルを思い出して……そうだ。


「わ、わかりました、じゃあ、仕方がないのでここに転生拒否する旨のサインをおねがいします」


 サインさえもらっておけば、少なくとも私のキャリアに大きなマイナスにはならないはず。


「それも面倒ですね……もうどうでもいいから、とっとと消滅させてください。それともそのサインは義務ですか?」


 え?

 えーっと。


 いや、確かに、少なくとも彼にとっては義務ではない。義務ではないが。


「ここにサインしていただかないと私が困るんです」

「そうですか。でも面倒なので」

「私を助けると思って」

「何故、会ったばかりの貴女を僕が助けなくちゃいけないんですか?」

「いや、それは、その……」


 言いよどむ私。


「あー、もう疲れましたね。きました」


 ま、まずい。

 霊魂が眠くなると言うことは、つまり成仏――即ち消滅ということだ。


 彼の霊体がだんだんと消えていく。


「あ、あああ、まってぇぇぇ!!」


 縋るように私は言ったが、無駄だった。

 あああ、せっかくの転生エージェントとしての初仕事が大失敗。


 この仕事も私には向いていないのだろうか。

 天界転職代理人はこの仕事が向いているとか言っていたけど、本当にいいかげんな扱いをされたなぁ。


 私は心の中で天界転職代理人に恨み節をぶつけるのだった。

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