電車
学校が終わり、私達は駅へと向かう。海に行くためだ。スマホで調べると片道一時間くらいだった。乗り換えも一回ある。
遊びに行くときにしか使わない乗車券に往復できるくらいのお金をチャージして、私たちは改札をくぐる。
学校から出てしばらくは「うっみー! うっみー!」と嬉しげだったアサミも改札をくぐるころには静かになっていた。
ホームには私たちしかいなかった。誰もいないホーム。でも、椅子に座ることもなく、ドアが開く場所で私たちは並んで立っている。まだ電車が来るまで十分くらいある。
お昼までは全然吹いていなかった風が吹き始めていた。冷たい風がときおりホームを通り過ぎていく。
私とアサミはそのたびに肩をすくめて、ただ電車が来るの待つ。
何度目かの風が通り過ぎてから、ようやく電車がホームに入ってきた。
プシュウと音がして目の前でドアが開く。
乗客はほとんどいない。私たちは二人がけの席に鞄を抱えるようにして、並んで座る。
またプシュウと音がしてドアが閉まり、電車がゆっくりと動き出す。
座席のヒーターのおかげで風ですっかり冷えた身体がじんわりと温まっていく。
「温かいねー」
アサミが久しぶりに話しかけてきた。
「うん」
「眠くなっちゃうねー」
「うん」
「寝たら乗り過ごしちゃうかもね」
「うん」
「気をつけないと」
「うん」
それからしばらく走行音をただ聞いていた。不意に肩になにかが当たる感触。横を見るとアサミの頭。アサミは気持ちよさそうにすうすうと寝息をたてていた。
眠ったら乗り過ごすと言っておきながら、速攻で寝てしまうのはいかにもアサミらしい。
私の顔のすぐ近くにあるアサミのつむじ。なんとなくそれを眺めていたら意外なことに気が付いた。日の光に当たるときらきらと輝くアサミの栗色の髪。その根本は綺麗な黒色だった。ずっと地毛だと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。まあ、別にどうでもいいのだけれど。アサミの髪の毛が綺麗なことなには変わりない。それになんかいい匂いがする。どこのシャンプーを使っているのだろうか。
ひとりで車内の広告を眺める。有名テーマパークの広告。修学旅行で行く予定になっていた気がする。いつかアサミが私もいきたいなーと言っていたのを思い出す。
広告をただ眺めるのも限界で、座席の温かさと揺れが眠気を誘う。
目的の駅までは一時間くらいだけれど、中間地点で乗り換えがある。そこで乗り過ごすと面倒臭いことになる。
私も眠たいけれど、アサミの言う通り気をつけないと。だって、アサミはもう眠ってしまっているのだから。
ドアが開く音がして、眼を覚ます。アナウンスはここが乗り換えるはずだった駅の次の駅だと告げていた。
まだ私の肩で呑気に寝ているアサミを慌てて起こす。
「んあ? ついた?」
「いいから! 降りるよ!」
「うんー」
私は自分の肩からアサミの頭が離れたところで立ち上がる。
アサミは口元をごしごしと拭っている。
おい、なんで拭っている。でも、今はそんなことを気にしている場合ではない。私はさっきまでアサミの頭が乗っかっていた肩を見ないようにして、アサミをせかす。
「はやく!」
「ん」
ようやくアサミが立ち上がったところで、電車のドアはプシュウという音と共に閉まった。
それから私たちは乗り換えの駅の次の次の駅で降りて、逆方向の電車に乗った。二駅戻って、ようやく乗り換えることが出来た。
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