第30話つま先立ちの嫌われ者。

妹と二人だけで外食なんて、どれくらいぶりだろうか。

いや、二人で食べに行くことなんてあっただろうか。

両親の帰りが遅くなったのは、俺が料理を覚えた辺りからだった気がする。

それももう昔の話だ。小学校の三年生くらいだっただろうか。

元々帰りが遅い事が多かったし、それまでもどうにかする手段を色々模索してたような。

妹も昔から元気よく走り回ったりする方じゃ無かった。どっちかと言うと、俺の方が色んな物に目移りして、何でもかんでもやりたい食べたい触りたいって、多趣味だった。

そんな俺の後ろに黙って付いてくるような、そんな妹だった。


「・・・」

未だ泣き出しそうな顔で、口を線に結び俯く妹。

何でそんな顔を浮かべるのか、俺にはとても分からない。

何を思って、何を感じて、そんな表情をしているんだろうか。

口を開く気配はない。この様子じゃあ、飯もまともに注文できんだろうな。

妹は肉と卵が好きだったな。仕方ない、適当に食べそうなもの注文しといてやるか。

少し経ち、テーブルにはハンバーグとオムライスが運ばれた。


「・・・亜栖華。早く食わねえと冷めるぞ」

こんないい匂い嗅いで腹は空かないのだろうか。俺なら空く。

鉄板に乗ったハンバーグのじゅうと言う音が、食欲をそそる。

「・・・」

それでも動く気配はない。

怒ってる訳じゃないけれど、小さく溜息が出た。

コイツ、あーんとかしたら食うかな。・・・いや、いつもなら死ねって言われて終わりだな。

とか思いながら、俺の手はハンバーグを一口サイズに取り分けていた。

そして、ゆっくり妹の口の前までもっていく。

「・・・はんっ・・・」

食べるのかよ。

不愛想な顔で、もぐもぐとハンバーグを食べる妹。

美味しいだろうに、表情にも出ないし手も動かない。

「・・・」

もう一回同じ風にすると、やっぱり食べるのだ。

餌付けかよ。

でも、何故だろう。自然とそんな妹の姿に笑みがこぼれる。

結局、妹は自分で食べる事なく、オムライスもハンバーグも半分以上食べたのだった。

俺は妹が口を付けなくなった後の冷めたハンバーグとオムライスを、ようやく口にすることが出来た。

・・・やっぱり冷めてる。



†    †    †    †



一日も経てば、普段通りだった。

悲しい顔をする事も無いし、お兄ちゃんにあーんされてご飯を食べるなんて事も無い。

複雑に残った苦しい気持ちだけが胸を苛むのだが、もうどうしようもない。

お兄ちゃんが私のパンを食べる姿をじっと見ていたから、睨むとすぐにドキッとした顔で自分のパンをかき込んでいた。

大丈夫。もう平気だ。

あんな先輩の事は忘れよう。きっと嫌われた。いや、絶対に嫌われてる。


学校に着いた。

別にいつも通りだ。なんてことはない、ただのつまらない朝。

いつもより少しだけ遅いからだろうか。クラスメイトが少ない。気のせいだろうか。

それでも別段気に留める必要も無く、階段を上がる。

バッグに入ったスマホが振動する。友達からだろうか。

違った。ただのSNSの通知だった。

少し落胆する。そう言えば、香奈から連絡入ってないなんて珍しい。

普通の朝だ。

自分の教室があるフロアに着く。

廊下で喋ってる同級生が居る。見たことのある顔が並んでる。

何か見られてる気がした。気のせいだろうか。

朝から天気がいい。廊下の窓から陽が差し込んでる。

教室が見えた。アルミの引き戸が閉まってる。

私はそれを開ける。

教室の奥の方で香奈達がなにやら楽しそうに話してる。

香奈達以外のクラスメイトは何だか静かに感じた。気のせいだろうか。

私はいつものように、その集団に挨拶するのだ。

「おは」


・・・え。


気のせいだろうか。

途端に会話が無くなった気がした。

途端に皆が散り散りになった気がした。

途端に嫌気がした。

驚いて私は振り返るのだけれど、誰も目を合わせたがらない気がした。


気のせい、だろうか。


「え、香奈」

「ゆいかあ、トイレ行こ~」

「ちょ、香奈大声でそんな事言わないでよ」


気のせい、だろうか。

タイミングが悪かったのだと思う。

生理現象には逆らえない。仕方のない事だと思う。


「あ、私も行く」

「・・・ッチ。さくら~、一緒に行こ~」


舌打ち。

・・・舌打ち?今、誰に舌打ちしたんだろう。

鼓動が高鳴る。

心拍が早まる。

私は、香奈の友達。唯花の友達。桜の友達。

あれ、どうして目を合わせてくれないんだろう。どうして挨拶してくれないんだろう。

どうしてだろう。私が何かしたのだろうか。

私が。一之瀬亜栖華が。香奈に何かしたのだろうか。

教壇の前で固まる。

やけに静かだ。いつもはもっとうるさかった気がする。

いや、誰かが喋ってる。

何やら囁きが聞こえる。

嫌な汗が出る。寒気がする。

勘違いかも知れない。そう思って、私はもう一回教室内を見回してみる。

誰も目を合わせたがらない。変な顔を浮かべている人達が居る。

何の表情だろう。

私の後ろの席に座ってるのは瑠奈だ。瑠奈はこっちを見てる。

何だ、やっぱり気のせいだったんだ。


瑠奈は、嫌悪の表情を浮かべる。


気のせいだろうか。

いや、気のせいじゃ無い。


「なに・・・これ」

小さな声で呟く。

理解できない。

昨日は普通に会話してたのに。

どうして。

どうして。


どうして。

その日、一之瀬亜栖華は嫌われ者になった。

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美少女×俺=不釣り合い。 渡良瀬りお @wataraserio

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