第29話怒りに怒るのは何故だって。

「・・・あ?誰。お前」

「心配したぞ。ほら、飯食いに行くぞ」

男・・・峰岸の投げかけに見向きもせず、しゃがみ込む妹に近付く。

はっとした顔の妹は、俺の顔を見た瞬間に何とも言い難い表情を浮かべるのだ。

安堵なのか、羞恥なのか、憤怒なのか、悲哀なのか。

見て取れない、とても複雑な面持ちだった。

「待てって・・・。お前何?何の用?」

俺の肩を小突き、威圧するようにドスの効いた声音を出す峰岸。

「亜栖華が世話になったみたいで。申し訳ないんですけど連れて行きますね」

そうしてまた妹に近付こうとするも、再度峰岸に阻まれた。

「待てっつってんだろ。誰だか知んねぇけどさあ、俺の女に近付くなや気持ちわりぃな」

「えぇ・・・」

亜栖華お前の女なのかよ・・・。んなわけねえ・・・。

もしそうだとしてもこんな顔させてんじゃねえよ腹立つな。

「いや、亜栖華は俺の妹なんで女と言われても・・・。てか、何か用事あるとかって聞いてないですか」

「あ?聞いてねえよ。お前の出る幕無いから早く帰れって」

おい言ってねえのかよ。

お兄ちゃんただの出しゃばったヤツみたいじゃんか・・・。用事あるって伝えとけよ妹・・・。

「い・・・言った」

小さい声ながらも、峰岸の言葉に異を唱えた妹。

「あ?お前言ってねえだろ。良いから来いって」

来いって何処に行くつもりなんだ。もう皆お前の近くにいるんだが。

て言うかそんな脅すような顔で妹を睨んでんじゃねえよ。ぶっ飛ばすぞ。

「待て待て待て。あの、妹とどう言ったお知合いですか。どう言う関係か知らないですけど、妹怖がってるんで。辞めてもらっていいですか」

「だからお前には関係ねぇだろ。お前こそ誰だよ」

少なくとも、この男よりは関係ある気はするけれど。あと、亜栖華の事を妹って言ってて兄じゃない場合ってどんな時だよ。そう言うプレイか。お前好きそうだな。知らんけど。

「とにかく、妹とこれから夕飯食べに行くので、貰っていきますね」

とりあえずこれ以上厄介事は遠慮したい。こんな多勢に無勢な状態で居たくない。怖いし。

「だから待てっつってんだって。亜栖華、お前はどうなんだよ。どっち選ぶんだよ」

だから妹を睨むなって言ってんだよ。

「・・・っ」

妹のこんな顔、初めて見たかもしれない。そもそも、家での妹は大分冷めた雰囲気で、話しかけるなオーラを身に纏ってるからな。

その癖、お腹空いたり何か買いたいものあると俺をこき使いやがる。

そんな傍若無人の妹が、こんなにも弱弱しい女の子してるってのは、なんだか気に食わない。言ってしまえば、キャラじゃない。

だから、早く元の妹に戻ってもらわなきゃいけない。

「にー・・・」

五秒くらいの沈黙の後だろうか。その元気のない声で、俺を呼ぶ。

「なんだ?」


「行こ」


「・・・おう」

本当、不愛想なSOSだった。

可愛げの欠片も無い、冷血な言葉。

けれど、これが妹だ。俺の知ってる、可愛い妹だ。

「はっ、お前、お兄ちゃんの事『にー』って呼んでんの?」

コイツは。また水を差す。

立ち上がる妹に手を伸ばしたのと同じくして、峰岸は馬鹿にする様な口調で言う。

「・・・っ」

指摘された妹の顔はどっと赤くなり、そして固まる。

「まじかよお前、ガキかよ!にーって。ばっかじゃねえの?」

脅しに屈しなかった妹への当てつけだろう。そのイライラをほんの僅かな弱みから殴りこむのだ。

清々しい程性格が悪い。

「・・・行くぞ、亜栖華」

妹の手を握り、ふるふると震える妹を引っ張るように歩く。

「お前分かってんの?行ったらまじで許さねえからな?恥かかせんじゃねえぞお前」

妹の握る手が少しきつくなる。怯えてるんだろう。

体も拠り所を求めている様に、妹の華奢な肩が俺の腕にくっつく。

「・・・てめえまじでふざけんなよ」

問いを無視した妹に激昂した峰岸が、妹の肩を強く引く。

大きく体が揺さぶられた。

「痛・・・っ!」

妹の言葉を皮切りに、俺の我慢が限界を迎えた。

「おい放せ」

そいつの腕を掴み、努めて冷静に言う。

「だからお前に関係ね」

「関係あるっつってんだろ。いい加減にしろよお前」

先輩だか何だか知ったものじゃない。

「は?お前何?お前何年生だよ。ぶっ殺すぞ」

「もうめんどくさいなあ。警察呼ぶぞ」

脅迫に暴力。心当たりあるだろ。お前。

警察と聞いた峰岸はやや狼狽える。それでも、威勢よく出たから今更引けなくなったのだろう。

「呼べばいいだろ。ほら早く呼んでみろよ」

今にも殴りかかってきそうな勢いの峰岸。本能的に体が防衛したがって委縮する。

けど、ここで折れたら妹が泣く。妹の面子を兄として守ってやらなきゃいけない。俺が泣いたとしても。怖い。

「・・・はあ。分かった」

そしてポケットからスマホを取り出して、110とダイヤルを押した。

スマホを耳に当てようとしたその瞬間、峰岸が俺のスマホを奪い取り。

ガシャ。ガシャン、ガシャン。

「は・・・え」

思いっきり地面に叩き付けて、それから踏みつけるのだ。

それから物に当たってすっきりしたのだろう。ほんの少し冷静になった峰岸は

「死ね。ゴミ」

と捨て台詞を吐き捨て、他二人を引き連れてバス停の方へ歩いて行った。


「嘘だろ・・・」

見るも無残になったスマホの部品をかき集めながら、めちゃくちゃ泣きそうになる。

あのゲームも、あのゲームも。五十嵐との会話、二宮との会話も。

全ておじゃんである。

課金したのに・・・。めっちゃ強かったのに・・・。

全ておじゃんである。

見るからに妹よりも落ち込んでしまった俺の隣で、借りた猫の様におとなしい妹が、自分を抱くようにする。

横目で妹を見ながら、今どんな事を思ってるんだろうな・・・と、僅かばかりに心配だった。

粗方の部品を拾い終えて、とりあえずハンカチに包んでポケットに仕舞う。

正直暴れだしたい気分だったのだけど、ずっと泣き出しそうな妹の弱弱しい姿が、その思いを上回っていた。

だから、俺は明るく振舞おうと決めた。

何故だかは知らない。けれど、どうしても絶対に、妹には泣いて欲しくなかったのだ。

「・・・よし、行こう。亜栖華」

手を握り、ゆっくりと歩く。

普段なら触っただけでキモい。死ね。って言われてる気がするのだが、今日はおとなしかった。

寧ろ、妹の方が俺に寄り添っていた気がした。

「・・・ごめんな」

もっと早く来てやればよかった。

もっと怒りを抑えられたらよかった。


俺達は、デパート内の飲食店に向かっていた。

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