第28話束ねるは失墜の糸。

「すみません、これから私用事あるので」

「は?もう帰っちゃうの?これからじゃん」

「すみません」

ゲームセンター内にあるカラオケに入ってもうそろそろ一時間くらいだ。

結局楽しくなかったし、変に絡もうとしてくるから気分も悪い。

「だってよ。どうする?」

「男だけでカラオケは無いっしょ」

「それな!んじゃどーする?帰る?」

「ねえまじで帰っちゃうの亜栖華ちゃん。もう少し遊んでかない?」

「ごめんなさい。無理です」

「冷った。氷点下じゃん氷点下」

「そのボケ百万点!」

たっはあと大笑いする一同。

二点だよ。

「仕方ねえな。じゃあ亜栖華に合わせてやるよ。まじ空気な」

「・・・ありがとうございます」


やっぱり払ってくれるなんて事も無く、四人で割り勘になった。

ポテトとかたこ焼きとか食べてないのに、その分まで支払わせる。最悪。

「てか、用事って何?そんなに大事なの?」

「に・・・家族と食事に行くので」

「ぎゃっはは、亜栖華ちゃんそんな事守ってるんだ。偉いね~」

馬鹿にしたように言う槇原。

「うっける~!まじ俺らそんなのポカすもんな!」

まあ、慌てて作った用事だけど。お兄ちゃんにならいくら迷惑かけてもいいし。

まあいいや。もうこれで解散だ。早く駅に向かってお兄ちゃんを待とう。

「それじゃあ、お先に失礼します」

「おー・・・」

「まじで行っちゃったよ」

後ろで何やら文句を言っている。しかし、これで嫌われて誘われなくなったら万々歳じゃないか。

そうして意にも介さず駅前に向かう。

漸く肩の荷が下りた気分だった。家に帰ったらお兄ちゃんにマッサージしてもらおう。

それにしても、友達なんて居ないお兄ちゃんが外食ってどう言う事だろう。一人で外食?まさか。家の食事担当は殆ど兄みたいなものだ、私を放って一人で外食するような兄じゃない。

それなら、私の知らない友達?それこそまさかだ。

じゃあ、誰と行くんだろう。

そう兄の奇行に考えを巡らせていた私の下に、走り寄ってくる足音が聞こえる。

急に不安になって、咄嗟に振り向くと。

「亜栖華、俺も一緒についてってやるよ」

くそみたいな声と共に、さっき見た顔がイキった様子で現れた。

「きゃ・・・え、なんで」

びっくりして小さく悲鳴を上げる私。肩が跳ねて、心拍が高まる。

「いやさ、やっぱ男だけだとつまんないんだって。俺も、お前が居ないと楽しくないからさ」

耳元でそう呟く。本格的に鳥肌が立ちすぎてもうそろそろ鳥になってしまいそうだ。

「だから、私これから」

「なんだよ、いいじゃん。お前も楽しかったろ?一緒に来いって」

「ちょっと、いや!」

俺様系でも意識してるのだろうか、その傲慢な振る舞いで、私の肩を抱いたのだ。

「おい騒ぐなよ、俺がお前に迫ってるみたいじゃねえかよ」

「・・・っ」

激しい剣幕で睨んだと思えば、肩を思いきり握るのだ。痛い。すごく痛い。

やっぱりこの男は、自分の思い通りに行かなかったら暴力に訴える様な男なんだ。

「あれ、もしかして良い感じ?」

後ろから追ってきたのだろう、槇原と矢野が調子の良い事を言い始める。

私はこれからどうなるんだろう。私じゃどう頑張ってもこの人達の力に抗えない。

そう考えると途端に寂しくなって、疎外感を覚えて、泣きたくなってきた。

周りに歩くサラリーマンでもいい、私に気付いて声を掛けてくれるだけでいいのに。

「痛い・・・っ。放して・・・」

掠れるような声が、今の精一杯だった。

多分この男は、私が身悶えた瞬間にまた力で訴えてくるのだ。それが、怖かった。

「じゃあ付き合えよ」

脅しだ。

はい以外の選択肢は無い。それ以外を言えばきっとまた同じような事をする。

「・・・はい」

「最初からそう言えよ。めんどくせぇ」

力が緩み、私は解放された。

そいつは、何事も無かったように後続の輩と談笑を始める。

私は恐怖心が煽った涙を流さないようにぎゅっと口を結び、急いでスマホを取り出した。


亜栖華:迎えに来て

亜栖華:お願い


一之瀬巴来:分かった。少し待ってろ。


亜栖華:早く来て


一之瀬巴来:善処する。


「・・・早く来て」



†    †    †    †



連絡を受けて二分も経ってないだろう。

俺は指定された駅前に到着したのだが、妹の姿が見えない。

「どこだよ・・・」

悪戯じゃないだろうな。もし悪戯だったら家帰って風呂洗いさせてやる。

「一之瀬くん、妹ちゃんは?」

「分かんない。どこにいるんだろうな」

「急ぐって言うからもう待ってるのかと思ってた」

「ああ、な。俺もそのつもりだったんだけどな」

言いながらスマホを出す。が、連絡は入ってないみたいだ。

「せんぱい、待ち合わせ場所ここであってるんですか?」

「おう。あいつから駅前って連絡あったんだよ」

「そうですか。何かあったんですかねーっ」

きっと二宮は何気なくそう言ったのだろう。予定と違う事が起きた時、とりあえず皆そんな事を口走ると思う。

ただ。

「・・・何かあったのかもな」

今回ばかりは、単なる遅刻とかそう言うのじゃない気がする。

妹の捜索に何か手掛かりがあれば。

「・・・ゲーセン、かもしれない」

そう言えば、俺達がデパートに向かってた時、ゲーセンに入っていく妹を見かけた。

そこで何かトラブルがあったとしたら。

妹だったらどう行動するんだろうか。連中と仲がいいようにはどう解釈しても映らなかった。それが集合に遅れる枷になってるのなら、それは一体どう言う状況を指すんだろうか。

走りはしないものの、気が付けば前のめりになってゲーセンの方へと歩いていた。

あいつはあいつで俺と違う不器用さがあるからな・・・。

俺を相手にする時みたいな虚勢を張ってなければいいのだが。・・・まあ流石に死ねとかキモいとかは言わんだろうけど。


「・・・っ」


角を曲がったその先で、彼女を見つける。

「・・・」

「一之瀬くん、ちょっと歩くの早い・・・。一之瀬くん?」

なんだ?おい。

なんだこれ。なんだこの嫌悪感。

いけ好かないとかそう言うのじゃない。

本能が奴らとは敵対するべきだと訴えてるような、そんな変な予感。

「ごめん、お前ら。今日はもう帰ってくれないか」

「急にどうしたんですか、せんぱい」

「ちょっとした野暮用を思い出しただけだ。埋め合わせは必ずする。だから、今日はもう」

焦ってるのか?余裕無いな俺。ビビってんのか、情けない。

それでも、こいつらは巻き込めないだろ。

ここからは家族の問題。五十嵐達にとっては対岸の火事くらいの認識でいい。

とにかく、あいつらとは誰も関わらせたくない。

「あれ、もしかして妹ちゃん?・・・え、あれって三年の峰岸先輩じゃない?」

俺の右斜め後ろから十数メートル離れた妹の姿を見て、五十嵐が言った。

峰岸・・・聞いた事がある名だった。

サッカー部のキャプテン。女子からの人気が高くてイケメン。

でも、五十嵐の転入当初、トイレの中でその風評を聞いた。

尚更、関わらせたくない。五十嵐も、二宮も。

俺は小走りで妹の元まで駆ける。

「あ、せんぱいっ」

そして声を掛けるのだ。


「亜栖華、悪い。待たせたな」

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