第1話

この春、僕こと松波佑樹まつなみゆうきは、関東音楽大学付属高校作詞作曲コースの二年生に進級した。

僕の学校では入学式と始業式を同時にするという変わった決まりがあり、今日はその日だ。

正直、めんどくさい。

そんな事を思いながら、高校への道を歩いていた。


「おーい佑樹! ……佑樹ってば!」


誰かが肩を叩いてきた。


「誰だよ……。 今サビの所なんだけど……」


振り向くと、佑樹と同じ制服を着た男子が立っていた。


「おはよう佑樹!」


そう言ってきたのは、同じ高校のジャズコースに通う、斉藤圭吾さいとうけいごだった。

僕は聴いていた曲を止めてイヤホンを外して言った。


「おはよう圭吾。 何か用?」


「何か用?じゃねーよ! 進級できた?」


ニヤニヤしながら圭吾が言ってきた。

僕は言い返す。


「出来たよ」


「まじか! あの成績でよく出来たな!」


「失礼な! まぁ、ギリギリだったけど」


そう、ギリギリだった。

僕の学校では最悪な事に総合成績の順位が出て、僕の順位は下から数えてすぐだ。

作曲はまあまあの評価だが、作詞が凄まじく低評価だ。

基本教科の国語や英語も出来ないため、本当にギリギリの進級だった。


「ていうかまた彼女の曲を聴いてたのか?」


圭吾が歩きながら横に並んで聞いてくる。


「そうだよ! 圭吾も聴く!? 彼女の素晴らしいこの歌声を! 透き通った声、誰もが魅了される美貌、そして……」


「ストップ! ストップ! 分かったよ、お前の彼女に対する愛は……」


「えー…… まだまだあるよ?」


「今度聞かせてくれ」


苦笑いしながら圭吾は言った。


「そういえば佑樹。 今日、交換留学生が来るらしいよ」


「交換留学生?」


「そう! しかもロシア人だってよ! お前、好きだろ?」


僕は呆れて言い返す。


「違う…… 僕が好きなのはロシア人じゃない、彼女が好きなんだ」


「でもお前ロシア語勉強してるじゃん。 基本教科の勉強しないで」


「いつか会った時の為だから仕方ない!」


「会えないだろ……」


こんな会話をしていたら、もう学校の正門が近づいてきた。


「めんどくさいなぁ、帰りたい。 帰らないか? 圭吾」


「今更すぎだ! どうせ直ぐに終わるだろ…… 体育館集合だし、行こうぜ」


「へーい」


――入学式が終わり、始業式が始まった。


校長の長い話に飽きてウトウトしていると、まばらな拍手がおこる。


(校長の話、終わったか…… 寝よ……)


「続いて交換留学生の紹介をします」


眠りに落ちる寸前、校長の声が聞こえた瞬間、体育館全体が沸き上がった。


「何だよ、うるさいな」


僕はイラッとして目を開ける。

すると隣に座っていた圭吾が慌てた感じで僕の肩を揺すってきた。


「おい佑樹! あれ……」


圭吾を見ると驚いた様子でステージの方を指差していた。


「何だよ」


そう言って僕はステージを見た。

そして、目を疑った。

校長の横に並んで立っているのは……


「皆さん静粛に。 それでは交換留学生の紹介をします」


あの日、僕が心を奪われた……


「ロシアからの留学生、ユーリ・ギルヴィア・リネーゼルさんです。 皆さん仲良くするように」


彼女だった。

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彼女の後ろで、僕は。 前田 宏 @aguo1208

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