年寄の章 第2話 懇談

茜屋

「商売の話ですが、安芸の毛利家は近く戦をするかもしれません。とびきりに大きな」

伊藤

「大きなとなると、西と東の相手ですが」

茜屋

「東。織田信長殿です」

神屋

「当然、根拠を述べてくれるのだろうね」

茜屋

「無論です。紀伊を出た将軍家が、播磨を西に抜けたという噂があります」

末次

「しかし、噂は無数にありますぞ」

茜屋

「その通り。他にも、将軍家は海路讃岐に入ったなどと言う話もありますからな。それでも、仔細は省きますが、この情報信頼して良いと思う」

白水

「ですが、将軍家は安芸を目指しているとは限らないのでは?豊後を目指しているのかも……」

茜屋

「間違いなく、安芸です」

神屋

「昨年より、前関白様が薩摩にいる。これはやはり、織田弾正、いや右近衛大将と言った方が良いか、その指示によるものなのか」

茜屋

「はい。目的は、将軍家の指示を聴き流すよう、念押しをすることだったようで」

島井

「如何にも」

神屋

「将軍家の指示、つまり織田殿に対して立ち上がれ、ということか」

島井

「如何にも、如何にも」

茜屋

「右近衛大将任官はあらかじめ予定されていたとのことです。官位の上では、織田殿は将軍家を凌駕した。この土産話を持って薩摩に入られたのでしょう」

末次

「薩摩人は前関白の来訪にそれは感動すること大きいものがあったそうです」

神屋

「その来訪も、豊後が最後になるようだ」

茜屋

「宗麟様と織田殿の仲は、都でも有名で、良好です。時間をかける必要もなかったのでしょう」

白水

「つまり、大友家は将軍家の敵ですな」

伊藤

「ではこれから来るあの御仁は……」

茜屋

「さよう」

神屋

「白水さんの言う通りな」

白水

「こんな時にだけ私の名を出さないで下さい。間者でも潜んでいたら、大ごとですよ」

伊藤

「おや」

末次

「この香り。私も気づいていますよ。ふふふ」

白水

「私も。でも、末次さんでしょ?」

末次

「ま、私という事にしておきましょう。ね、皆さん」

島井

「如何にも、如何にも」

神屋

「ふふふ」

茜屋

「しかし何故、戸次殿をお招きに?」

神屋

「さすがに没交渉ではまずかろうと思ってな」

茜屋

「没交渉なのですか」

神屋

「まあ、こちらからは、ね」

白水

「あんまりですからね、あの御仁」

島井

「如何にも、如何にも」

神屋

「口が開いて、脅迫と侮辱以外の言葉を聞いたことがない」

末次

「だから、宗麟殿にも嫌われるのですよ」

島井

「如何にも、如何にも!」

茜屋

「ですが、筑前の最重要拠点を任されている人物です。良い所もあるのでは?」

神屋

「あったとしても、立花殿を殺したのだ」

島井

「如何にも」

白水

「良い方でした」

末次

「礼節を重んじ、思いやりがあり、どこか洒落た方でした」

茜屋

「しかし、島井様。別の茶器を差し出した後、催促はないのでしょう?ならば、全てを承知の上のことなのではありませんか」

島井

「如何……ううん」

茜屋

「そも、宗麟殿は何故立花山城にあの御仁を配置しているのでしょう」

神屋

「元は今は亡き吉弘伊予守が入る事になり、事実一時そうだったものを交換した、という噂がある」

末次

「私は無理やり取り上げたのだ、と」

白水

「いやいや、永禄の戦の後、吉弘殿は身罷られただろう」

神屋

「つまり?」

白水

「末次さん、南蛮の言葉で毒とは何と言うの?」

末次

「ポーセオ」

茜屋

「もし、大友家が将軍家の敵になるのなら、また豊前で戦になるかもしれませんね。その時、あの御仁は出陣するでしょう」

神屋

「まあ、そうでしょうな」

茜屋

「皆さま。都では、戸次殿の評判は高いのですよ」

白水

「ええ?」

茜屋

「大友家最強の武将、と称えられています」

白水

「冗談でしょう。そも、大友家は戦に強くはない。よく負ける」

神屋

「上杉謙信公や、信玄公の頃の武田家とは違う」

茜屋

「今や、西国一である安芸の毛利家の陰で目立ちませんが、豊後の大友家も大国です」

白水

「毛利家は山陽山陰十一カ国ですからな。全国の六分の一を確保している」

末次

「対する大友家は九州六カ国。動員できる兵力は半分なのでしょうか」

神屋

「この博多の町!」

伊藤

「おお!」

神屋

「ここを押さえる限り、経済力では大友が上だ」

茜屋

「ほう、貴方様が手掛けられた石見の銀山を持ってしてもですか」

島井

「如何にも、如何にも」

伊藤

「では、大友家は優れた武将の力と経済力で、圧倒的物量を誇る毛利家に対抗できる、ということですね」

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