筑前国 招待 天正四年(1576年)

年寄の章 第1話 歓談

天正四年(1576年)正月、筑前国博多郊外、承天寺(現福岡市博多区)にて。


伊藤屋 丁重な声の博多商人。

末次興善 滑舌の良い長崎商人。旧博多商人。似非だが吉利支丹。

白水屋 山っ気のある声の芦屋津商人。博多商人でもある。唐物専家。

島井茂勝 ぼそぼそ声の博多商人。有力。

神屋紹策 でかい声の博多商人。極めて有力。

茜屋 品のある声の堺商人。島井茂勝の客で茶人。



筑前国の交易都市、博多の裏の支配者達が、表の支配者である大友宗麟の代理人戸次鑑連を接待するために、一同に会す。それに伴い起こることども。



伊藤

「皆様、今日は茜屋さんがお越しです」

茜屋

「お招き頂き感謝申し上げます」

伊藤

「茜屋さん。遠路よくお越しくださいました。今日はその腕前にお縋りします」

茜屋

「なんの。島井様の依頼を断る事などできませんからね」

島井

「如何にも、如何にも」

伊藤

「今日も我ら下の田舎者に、都の事など教えて下さい」

茜屋

「それよりも末次さん、新しい湊は如何ですか。南蛮渡来の品々がひしめいて、末次さん笑いが止まらんでいると、堺では皆が噂しています」

末次

「あの訳のワカらない南蛮人だが、品は良いのです。金銀を産み出すものばかり」

白水

「しかし、長く続きますか。たまにしか現れない南蛮船を待って商いをするなど、困難も大きいのでしょう」

末次

「白水さん。あんたが固い商売の唐物扱いを掴んで離さない為、こうするより他に無いのです。それに大村の殿様は南蛮人を保護していますから、今は危険も少なく、安全に事業ができるのです」

白水

「つくづく先行投資は大切だと思いますよ。私など、あの芦屋津の損害、ようやく挽回したばかり」

神屋

「ああ、あの御仁による」

白水

「そう、あの御仁、による損失です。全く、迷惑なことです」

神屋

「ならば白水さん。今日、苦情をたっぷり述べれば良い。これからここに来るのだから」

白水

「はは……いやいや。命失ってまでとは思いません」

茜屋

「この博多も、その御仁が山上から睨んでいると聞きます」

白水

「ええ?堺で、ですか」

茜屋

「もちろん。みな、博多がまた燃えやしないか、心配しているのです。と言っても、大友宗麟様は大徳寺の上客ですから、その筋からの話ですが」

神屋

「あの御仁はとんでもない人格の持ち主だが、ここしばらく筑前は平和だな」

茜屋

「なるほど。聞くのと見るとではやはり違う……そう、大友家と言えばあのお話はどうなったので?」

伊藤

「と申しますと?」

茜屋

「楢柴の件」

神屋

「ご安心を。まだ立花山にも、臼杵にも取られていません。別の茶器を生贄に差し出したのです。そうだったな」

島井

「如何にも、如何にも」

茜屋

「さすが島井様。田舎大名の走狗如きに、天下の名品を渡してはなりません」

神屋

「あなたに比べれば、我らも田舎者ですがね」

茜屋

「これはしたり。この場に居る者、誰一人そうは思っていないでしょうに」

白水

「茶器と言えば、臼杵越中守が一品をお持ちでしたね」

神屋

「越中守が死んだ後、大友宗麟が召し上げました。そうだな」

島井

「如何にも、如何にも」

白水

「酷い事をなさいますな」

末次

「天の咎め、あるかもしれません」

白水

「末次さん、それは吉利支丹の教えですか」

神屋

「あんたがご宗旨を替えられたと?それは知らなかった」

末次

「ご宗旨の話は、またいずれ」

神屋

「これは……どうも事実のようですな。しかし、南蛮人と取引をするためにご宗旨の話は避けて通れないことは皆ご存じの通り」

島井

「如何にも、如何にも」

神屋

「今日は遠路はるばる茜屋さんも来ているのだ。立花山の鬼が来るまでの間、話を聞きたいものだが」

末次

「ま、いいでしょう。宗旨替えは方便です」

白水

「あんたのことだ。そうでしょうなあ」

伊藤

「まあまあ白水さん」

末次

「方便でも、十字を切り、神妙な顔つきで祈れば、伴天連は満足するのです。そして伴天連が満足すれば、南蛮人がやってくるのです」

白水

「言葉は通じるのですか」

末次

「日本の言葉も、南蛮の言葉も、上手い下手があるものです」

白水

「じゃああんた、何か言ってくださいよ」

末次

「ボーセエフィーロデュプロスティテュータシェイロメルダエウテジョゴノマルコモウンカショーロ」

白水

「で、なんといったのかね」

末次

「クソに塗れた娼婦の倅め、イヌのように海に沈めてやろうか?」

白水

「伴天連とやらは一体何をあんたに教えているのか」

島井

「如何にも、如何にも」

末次

「これはカピタンから教わったんですよ」

白水

「ああ、そう」

末次

「あと、こういうのも。オーヴォ!」

伊藤

「うふ!くっ!」

白水

「おいおいおいおい!」

神屋

「ワカった!ワカったぞ!異国の言葉を覚えた!」

島井

「如何にも!如何にも!」

茜屋 

「私も、私もですよ!」

伊藤

「今のはなんと?」

末次

「金玉!」

茜屋

「それもカピタンですか」

末次

「はい。こうすれば、鉄砲に当たらなくなるそうです」

白水

「ならば、あの御仁が到着したら、皆でやりましょう」

神屋

「それは良い」

島井

「如何にも、如何にも」

茜屋

「意味もさることながら、仕草がまた……」

末次

「お見苦しいものをお見せしました」

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