筑後国 清新 天正十六年(1588年)

斜陽の章 第1話 隈部

天正十六年(1588年)春、筑後国立花領柳川城下にて。

隈部親永 隈府城元城主 隈部家当主 捕囚の身

赤星統家 赤星家当主 流浪の身


肥後国一揆勢の一角を担った隈部親永は、筑後柳川城の座敷牢にて捕囚となっているが、通りかかった赤星統家に対して嘲笑罵声を浴びせる。身の展望が開けない統家だがそれに食って掛かる事無く、両者、肥後人同士で会話を継続する。



統家

「なんだと、おい、貴様なにぬかしやがる。」

親永

「この距離で聞こえなかったのか。よう負け犬の腰抜けめ、と貴様に話しかけてやっているんだよ。おい、聞こえてるくせに、その足を止めろよ。見知らぬ仲じゃあるまいし、儂を無視して行くのは良くないな。その腐れ並び鷹羽を見るのは久しぶりだぜ。で、赤星殿よ、この柳川で求職活動かね。そうだろうとも、しかし無理無理、やめとけよ。立花殿に目をかけてもらおうったって、島津の走狗だった赤星家が相手にされるはずがない。それに貴様らは大友方の時はいつも戦に弱かったからなあ。まさに没落の徒。良い所がなにもないのに、取次に頭下げ、賂を用意建て、ついに面会を果たしたとして一体全体何を誇るつもりだね。儂がありがたい助言をしてやるぞ。赤星家にはもはや先祖の栄光の他、めぼしい物は何も残っていないんだから、そういう事は肥後でやりゃあいいではないかね。加藤殿は貴様らが惰弱である事を恐らく、まだ、知らんだろうし、今の内という事だ。地縁がある赤星の力をもしかすると当てにしている、なんてことがあるかもしれない。それもあんたの地縁者どもが生き残っていればの話だ。がしかし、結果、戦に出て大失敗すりゃ大爆笑、また新しい殿さまが肥後にやってくることになる。」

統家

「処刑の日が近いから狂ったのか。」

親永

「さあ、どうだろうねえ。同郷の者として、貴様はどう思うかね。」

統家

「どちらにせよ、あまり俺に話しかけないでもらいたいね。それこそ立花殿に誤解をされてしまう。それよかあんた、こんな場所でやかましくわめいていていいのかい。悪い立場がさらに悪くなっちまうだろう。よく知らんが、監視の目が光っているんじゃあないかね。」

親永

「貴様の言う通り、儂はこれから死ぬのだ。それが明日になるか、来月になるかは知らんがそれはもう決まっている。」

統家

「関白殿下に背いたのだから首を打たれて当然ではないか。この背徳の反逆者め。」

親永

「だから今更何をしようとも、なんてことはないのだ。貴様に声をかけたのは、お互い何とも惨めではないか、という仲間意識のため故。ああ、情けなくて儂は涙が止まらない。」

統家

「うるさい貴様、啼くのをやめろ。それに俺を貴様と一緒にするのもやめろ。今や立場も全然異なるのだぞ。」

親永

「ええ、違うって、いったいどこが?」

統家

「貴様は死刑のみが待つ罪人、俺は故郷への復帰を待つ身分だ。」

親永

「貴様は佐嘉勢に従い、後にこれに背いて薩摩勢に出仕し、関白に屈服した。儂は佐嘉勢に従いこれに背かず、薩摩勢に敗れた後これに出仕し、関白の下人である佐々殿に挑んで敗れた。大した違いはあるまい。そしてくどいようだが、儂はこれから死ぬ。故郷へ帰れるなんて楽観的に過ぎやしないか。貴様だって目的にたどり着けずに、惨めに死ぬかもしれない。いや、儂の診立てでは、死んだも同然。そんな我々の鎮魂のために儂は啼いてやっているのだ。貴様も感謝せんとね。」

統家

「貴様、俺が死んだも同然だと、そう言うのか。」

親永

「何を根拠にと?解説しようかい。」

統家

「じゃあ言ってみやがれ、この野郎。」

親永

「よし、そんなら言うぞ。貴様は大方、親類の蒲池殿の伝手から立花殿へ取り入ろうとの腹なのではないかな。おうおう、貴様の顔に書いてある通り、確かにこんな事は今の儂にとってはなんの関係もない。だが、言ってやる。それはきっと失敗するぞ。戦後、どの家中も新参者を囲う余地などないだろうし、第一に忠誠の面で信頼の置けない我ら肥後勢について、囲ってもらえるとでも思っているのか。そんな価値あるわけがないさ。儂の知る限り、貴様らが調略に惑わされずに唯一まともに働いたのは沖田畷で島津側に立った時位だ。どうだ、儂の言う通りだろうが。だからさ、ここ筑後でも上手くいかんだろうし、直接肥後へ行っても同じさ。ああそんならば、薩摩へ行くと良いかもしれない。きっと端の端くらいには置いてくれるだろうさ。」

統家

「もう黙れ、何もかも貴様には関係ないのだから。もう俺は行くぞ。」

親永

「まあ待ってくれ。かつての敵同士とは言え、なんの因果かせっかく会えたのだ。話をするくらいなら誰にも不都合もあるまい。貴様の求職にも恐らく悪い事はないさ。」

統家

「隈部殿よ、一体全体なんのつもりかね。」

親永

「儂はもう数か月もここ柳川にて無聊の日々にあってな。去年の一揆の事後調査のためか、山鹿郡が戦火に見舞われないように留め置かれているのか、まあ知らんが、ともかく貴様に会えて大変嬉しいのだ。首打たれるまで座敷牢にいるのも楽ではなく、その最たるものはまるで情報が入ってこない事だ。その優れた才知により一万町を超える領地を誇ったこの儂だが、世上の諸々について知ることができないというのは大変堪えるものだ。」

統家

「その才知とやらで全てを失えたのだから、本当にご立派なことだ。だが、貴様が首打たれるのが確実であることは、僅かばかりだが噂で聞こえるとも。」

親永

「ほう、儂の噂が流れているのか。どこでかい。ここ筑後や薩摩国内でなのかい。儂の名が広まるとは誠に愉快だ。やはり儂は肥後人の中では有名すぎるからなあ。」

統家

「首打たれれば、それで知名度は最高潮になるだろうよ。あとは忘れ去られるのみだろうがね。」

親永

「まあ儂の名声についてはそれでよろしい。だが儂としては、あの戦の結果、何がどうなったか、やはりそこが気になる。だからさ、赤星殿よ、我らが美しき故国がどのように采配されるようになったのか、お前さんの知っている限りで良いから教えておくれよ。どうせ儂はここ柳川で死ぬ身だし、のう後生だからさ。」

統家

「ふん。まあいいとも、冥途の土産としてしっかりと聞いて、その落ちぶれ果てた魂に刻み込んでおくように。」

親永

「ありがたいねえ。」

統家

「第一に、肥後はざっと二つに割れたよ。隈本の加藤家と宇土の小西家、それぞれが半国ずつ治めるようになった。無論、任命したのは関白殿下だ。」

親永

「へえ、じゃあ我が山鹿郡・菊池郡・山本郡は加藤殿が治めるようになったわけか。」

統家

「しれっと抜かしやがるが、菊池郡は本来貴様らの物ではあるまいが。」

親永

「百も承知さ。そうとも、今や加藤殿のものさ。ああ、そんなに怖い顔しなくてもいいさ。貴様の言いたいことはわかっているから続けてくれ。」

統家

「半国毎とはいえ、佐々殿の時と似て広く治められる形が残った。引き続くこれは肥後にとって幸運な事じゃあるまいか、と話す者も多いが、それが上手く行くのも、一味同心した連中の内、主だった大身がみな死んだり行方知れずになったおかげだろう。もうほぼ死んだ身とはいえ、生き残っているのはお前さんぐらいだからな。半国毎にしたのは、関白が肥後の民衆に対してもしかすると譲歩をお示しなのかもな。」

親永

「最後まで戦ったらしい和仁や辺春も死んだか。」

統家

「田中城籠城組は皆殺しになったと聞いている。恵瓊とかいう毛利家の坊さん、いや関白の近臣になったのだったかな。そちらの筋が助命に動いていたらしいが、無駄だったらしい。」

親永

「あの弁が立つ坊主は曲者だったからなあ。和仁らの助命なんて口先だけ、というのが真実じゃあるまいかな。儂の息子もあいつめに討たれたのだった。しかし関白も含め素性のわからぬ者が、跳梁跋扈する世になってしまったな。加藤殿や小西殿も関白の筋から出た連中だろう。肥後にとってだけでなく、世にとっても全くの新参者だ。きっと我ら伝統の中に生きる者たちの蔵や誇りの中身になどに関心はないのだろうな。」

統家

「そう言えば、同じころ豊前と伊予でも反乱があったが、そちらも全て鎮圧された。結果として、あんたらが焚き付けたことになるのだろうな。」

親永

「おいおい、なにも動いちゃおらんがね。」

統家

「同じく伝統の中に生きる者たちが、あんたらの働きを見て奮い立ったのだろう。後に続けと言わんばかりに。降伏したとは言え、関白があんたの首を打つ理由ももっともだ。厳罰に処して、見せしめにせんといかんだろうから。」

親永

「豊前と伊予も、関白の筋からでた新参者が開府するのか。」

統家

「そのようだな。豊前、伊予、ここ筑後に肥後。全て大友家に所縁が有る国々だが、温存された旧癖が一掃され、新たな国に生まれ変わる、なんて話す者もいる。」

親永

「やれやれ、伝統派は本当に一巻の終わりだな。」

統家

「存続が許された肥後人の大身は小代殿、城殿、相良殿、阿蘇の大宮司様のみだ。そう言えば小代殿だけは加増されたらしい。佐々殿に味方する事、明白に宣言していたのは小代家だけだったらしいな。歴代忠義に厚い小代家はそれが実り、ついに幸運を掴めたのだから大したものだよ。京にいて戦に参加していなかった城殿は筑後に領地を与えられ、つまりは肥後からは追い出される。相良殿は球磨郡のみで我慢しなきゃならんし、阿蘇の大宮司様も途中から佐々陣営に鞍替えしたことで、わずかばかりだが領地を取り戻せたそうだ。だが、肥後に残れた者も、関白の代官のそのまた代官として励む事になる。これが俺の知る全てだよ。」

親永

「加藤殿、小西殿も後がやりやすかろうなあ。今は亡き菊池義武公や小原遠江殿が聞いたら、さぞ羨ましがる事だろう。」

統家

「ははは、間違いない。真面目なお方には都合が良い時代がやってきたのだろう。」

親永

「ということは、我々は不真面目なお方に都合が良い時代そのもの、なのか。」

統家

「その通り、正真正銘、社会の寄生虫だったというわけだ。」

親永

「社会ってなにかね?」

統家

「守護が治める肥後一国がそれさ。せめて、関白の代官が治める肥後半国では適応しないとな。寄生虫のままでは無用の存在でしかないだろうから。」

親永

「適応できないから、今回我らは根絶やしにされたのだ。そもそも貴様は我らの側だろう?」

統家

「冗談じゃないよ。」

親永

「儂だって本気で言っているのだがな。まあ変容するつもりなら頑張る事だ。」

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