仇討の章 第4話 上方

入田

「いや全く、憎き敵を思い浮かべ興奮してしまった。失礼な事をした。落ち着いて他、必要事項を確認しておかねばなるまい。」

志賀

「いや、私も切支丹憎しで礼を失した事をお詫びする。確認する事か。どうだろう。なんかあるかね。島津軍が来たら城門を開いて物資の補給、情報の伝達等に協力する。場合によっては兵を提供する。それぐらいの物だろうか。」

入田

「ひとつ、熟慮しておかなくてはならない事がある。」

志賀

「わかった、戸次鑑連殿がいつ世を去るか、だね。」

入田

「いや、織田家の九州到達がいつになるか、ということだ。」

志賀

「あんた本当に色々と考えているんだな。で、どういうことかね。」

入田

「仲介者たる織田信長が死んで豊薩の和議は強制力を失った。そして島津家が肥後に進出することで、名実ともに一方的に破棄されたのだが、織田信長の後継者は必ずこれを突いて島津家を攻撃してくるだろう。」

志賀

「それならば、大友側に立って織田家の到達を待てばよいのではないかね。」

入田

「少なくとも私については大友家への恨みがそうさせないし、そういった連中が島津家の到来を期待しているのだ。あんたも切支丹への憎しみがそうさせないのではないかね。織田家が到達すれば島津家と戦争が始まる。だが、織田家は西国ばかりに力を割く事はできないだろう。つまり、どこかで落としどころを見つけざるを得ない。」

志賀

「全面戦争にはならないという事か。」

入田

「いや、消耗戦や膠着戦にはならない、ということだ。織田信長の後継者、これはもはや羽柴秀吉である事は疑いが無いが、彼はすでに四国を制圧した。勢いに乗って、早ければ今年中に、遅くとも来年には豊前小倉へ到達するだろう。関東の北条家は現在、織田家と事を構えているが、織田家と北条家の開戦は織田信長死後の出来事だから、後回しにしてもかまわない。だが、豊薩和議は織田信長の斡旋により成立している。後継者として自らを正当化するには、先人の政策を継承しなければならない事もある。よって、島津家と白黒つけることは必須になるだろう。」

志賀

「なるほど、時間はかけていられない。つまり、どこかで和睦する、ということか。あんたの診立てでは、島津家は織田家には勝てないという事だね。」

入田

「織田家に勝利するには、京まで攻め上らねばならない。今の島津家では短期的には不可能事、長期的に困難なのは明らかだ。」

志賀

「その話、他の連中にも話しているのかい。」

入田

「いいや、あんただけさ。」

志賀

「安心したよ。負けるとわかっている側に与する事など、常人には不可能だからな。」

入田

「新納殿もその方向で動いている。もっとも島津家としては、出来るだけ領地を獲得した上で、織田家と取引をするつもりのようだ。」

志賀

「それはどこまでだろう。切良く九州全土を取引材料にするつもりかな。」

入田

「当然、それも一つの目標だろう。」

志賀

「だが、そこまで到達できるかね。」

入田

「肥後御船の甲斐宗運は既にこの世を去った。肥後が完全に制圧されるのはもはや時間の問題だから、筑前筑後の立花領如何だな。戸次鑑連が死んだとしても、あの老人を奉ずる狂信者たちが島津軍に対してどこまで戦えるか。島津軍の武名は伊東家、大友家、龍造寺家に対する勝利によって轟いているから、大変恐れられている。数か月で和睦へ向かうと思うが。」

志賀

「我らが豊後はどうなるのだろうな。」

入田

「あっという間に征服されるだろうさ。我らの手引にもよるが、府内は守りの堅い町では全然ないからな。だが御隠居が籠るだろう丹生島は堅牢だ。陸と海双方から包囲をしないと開城はおぼつかないだろうから、こちらは時間がかかるだろう。だが、臼杵程度は包囲して放置しておけば良いのだろう。」

志賀

「大殿、あるいは御隠居が捕えられたらどうなる。」

入田

「いきなり首打たれることはないと思う。織田家を刺激することになるからな。だがその時は、大友配下の領主たちはみな、島津家へ穏やかに降伏できるだろう。それでみなが幸せになれる。」

志賀

「あんたの言う事を信じるなら、確かに大友宗家を虜にした島津家は織田家と和睦をするだろう。その時、大友宗家の人々はどうなるのかな。豊後の領主として帰ってこられても困るような気もする。」

入田

「人吉の相良家も、肥前の龍造寺家も温存されているから、帰ってくる可能性もあるだろう。その時はまた策を巡らせるさ。」

志賀

「いやあ、夢が広がるね。私も息子を虜にして志賀家の惣領に復帰できる。それを乞う声も多いのだから、まあ仕方がないな。皆の期待には応えねばなるまい。」

入田

「どうやら顔つきも良くなられたようだな。では私は緩木城へ戻るとしよう。志賀殿との友誼、大切にしたいものだ。今後ともよしなに。」

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