真摯の章 第2話 大友
親賢
「土持処断を発端とする佐伯殿の深慮、理解できたつもりだ。ここまで話を聞いて私も同意見である。それを進言しなければならないという事もだ。さて、御隠居と大殿にお聞き入れ頂くにはどうするべきかな。正直に言えば、切支丹に関するもめ事、といおうか意見の不一致で、御隠居からも大殿からも、私は歓迎されていない。はっきり言えば、疎んじられている。噂は隠せぬし、あなたも聞き及んでいるだろうが、御隠居が臼杵から縣へ移ろうとしているのも、御台…つまり私の妹から遠ざかりたい念も大きいだろうと考えられる。」
惟教
「大殿は田原様を強く信頼しておいでです。田原様からお願いして、大殿に御隠居へ進言して頂くというのはいかがでしょうか。」
親賢
「確かに大殿はわたしを信頼してくれているが、まだお若い。御隠居に背いてまでわたしの意見を容れてはくれないだろう。大殿とて、御隠居に対して下手をうてば、ただではすむまい。ご兄弟の親家様や弥十郎様に負けじと伴天連どもに良い顔をされているのは、家督の地位を失わぬためであろう。御一門の線からの説得は無理だ。といって、老中衆全員で依頼をしても効果はあるまい。」
惟教
「田原様。」
親賢
「考えてみれば、今は亡き豊後二老はその活躍により大友家督を盛り立て、大いなる権威と力を備えさせたが、今となってはそれに意見できる者が居なくなってしまった。主君の力が大きくなるに従い家臣の存在は薄くならざるを得ないのかもしれない。今や若き家督は、老中衆ではなく御隠居にご配慮されている。そして無論、大殿に原因があるわけではないのだ。わたしは時に不安を覚える。御隠居に失政があった場合、引き続き名ばかりの御隠居であれば大友家は二つに割れてしまうのではないかと。分り易く言えば、家督の首をいつでも挿げ替える事ができる専制君主と、伝統的な大友家の二つにだ。その時、新参者たちは所領、一門、生活のため専制君主に従わざるを得ないだろう。」
惟教
「新参と伝統という事であれば、すでに家中は二つに割れております。切支丹宗門には、伝統の中にこそ生きる我々のような者どもを引き付ける力まではないようですが、御隠居の権威にすがる手段の一つにはなっているでしょう。その必要のない者たち、戸次殿や田原常陸介殿に代表される真の実力者は未だ恐らくどちらの側でもないはず。分断を避けるには、この実力者を如何にひきつけ続けるかですが…」
親賢
「戸次殿、田原常陸介殿、どちらも私にとっては厄介な人物たちだ。このお二人の内どちらかをあなたが頼るという事であれば、私はこの件に協力はいたしかねるということを断っておく。それにしても、この分断という目を背ける事が許されない家中の問題について、あなたは土持を助命する事で解決に持っていこうとしているのか。」
惟教
「土持を助命する事は、いくらかこじ付けのようでも、中間勢力の温存、切支丹傾斜への抑制、侵略者でなく仲裁者としての日向入りという三点からも、中庸を行くものです。そして一度土持を生かした以上、そのように事を薦めなければ一貫した政を行った、とは言えないはず。問題解決の先鞭をつける事になると確信しています。さらに言えば、現在の大友家の対外戦略は閉塞しております。毛利家との和睦により、龍造寺家との和睦により、軍事的可能性は南下する事以外には見出し得ないのも事実。鞆の浦の公方様が薩摩勢に当家討伐を命じているのであれば、天下を押え内裏より認められた織田信長と通じてこれと戦うのは大義名分も立ち外聞も良く、閉塞を打ち破る唯一の道と言えます。」
親賢
「正直に言えば、土持の命一つ、そこまで大風呂敷を広げた話とは誰も思っていないだろうがな。しかし聞けばもっともな話だ。」
惟教
「土持を殺すという事は、織田信長の路線とも、鞆の浦の公方様のお考えとも、異なる我が道を逝く事になります。その場合大友家は孤立し、薩摩勢と龍造寺勢、また毛利勢が織田勢を打ち破ることがあれば、最悪三方向からの攻勢に対処しなければなりません。その上、大友家の分裂というおまけつきです。これに対処できると言う者は狂人でしかありません。」
親賢
「はは、対処できると言いそうな人物なら心当たりはあるがな。無論、その手の性格の者はこの任務から除外せねばならない。説得するならば、我らがお話をする以外、道はないようだな。しかし、あの御隠居が相手なのだ。まずもって成功はおぼつかないだろうよ。」
惟教
「では、よりよい方策を模索するしかありますまい。」
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