時計男
安良巻祐介
部屋の時計に、いつの間にか顔が出来ていた。
何の変哲もない壁掛け時計であるが、その文字盤のところに、貧相な男の目鼻口が浮いて、何か針の動きに合わせて動いている。
朝、六時半少し前くらいに起きると、ちょうど長針と短針が髭のようになって、貧相な時計の顔に少しだけ威厳がつく。
逆に夜十時を過ぎるくらいになると、二つの針は怒り眉か角のようになって、無個性な男の顔を妙に個性的なものに変える。
そのような具合だ。
何がきっかけでこんなことになったのかわからないながら、とりあえず目立った害もないので放っておいたら、やがて針が男の顔に合わせて本当に毛になり始め、文字盤に合わせて真っ白かった顔色も色つやがよくなり、だんだんと時計に顔が出来たというより、壁にそのまま男の顔が生えている、という風になってきた。
男の顔は相変わらず口を細かく動かして何か喋っているように見えるが、特に声が大きくなったり、言葉が判別できるようになってきたりということはない。
不思議な事に、時計としての特徴がすっかりなくなって、男の顔そのものになってしまっても、何となく、その顔を見ると今が何時だか理解できるのである。
朝八時なら朝八時、正午なら正午、夕方五時なら夕方五時、夜九時なら夜九時、という顔を、男がしているのだ。これはなかなか新鮮な感覚であった。
今では、殆ど元の時計があるのと変わらない感覚で日々を過ごしている。
つまるところ時間というものが、言葉は通じないけれども表情豊かな、正体の知れない人物のようなものであるという事実、それがたまたま何かのはずみでうちの時計に現れてしまっただけらしいという事が、何となく了解されたからであった。
時計男 安良巻祐介 @aramaki88
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