夕立
卯月兎京
第一話
その日、村には雨が降った。
日中刺し続けた太陽の存在をかき消すほどにけたたましい叫び声を上げる雨の礫と、それを鼓舞するように荒ぶる雷神。自然の軍隊はまだ幼かった子供たちの、親を除けばはじめての恐怖の対象であった。
雨を避けるため逃げ込んだ蜘蛛の巣の張るトタン製の小屋は少々かび臭かったが、外にいるより幾分かはマシであった。
少年はひたすらに泣く少女を抱きしめ「大丈夫、大丈夫だよ」と少女の耳元で繰り返した。トタンにぶつかる雨の音は少年の声量よりも大きく、少年にも自分の言葉が少女に伝わっているか定かではなかった。
少年も少女と同じ幼い子供である。小屋の中で少女を抱きしめる彼もまた同じく恐怖を感じていた。しかし、少年は少女に声をかけることで多少冷静になり、周りを見ることができていた。
遠くに見える赤い空と強い日差しの記憶を残すかすかなペトリコールは少年に安心感を与えた。恐怖の対象が生み出すノスタルジックは少年にとってはじめての感覚であった。
同時に、少年の中で自然に対する恐怖の感情が消えた。泣きわめく少女にも、響く雷鳴にも、トタンを殴る雨粒にも、優しくなることができた。
「きっとバスが来てくれるよ。それまで我慢しよう」
少年は嘘をつかない人間だった。物心つく前からそう教えられ、嘘をつく事自体に抵抗感を覚えるほどであった。
小屋の前に貼ってある時刻表には時間が三つだけ表示されているものの、バスは時間を平気で無視して循環している。普段から一日三回もこの道を通っているか怪しい状態でこの時間にタイミングよく来るなどまずありえないのである。
「本当にくるの」少女は弱りきった声で少年を疑った。しかし、少年はまるでわかっているかのように自信に溢れた目で少女を見つめ「絶対に」と念を押した。
夕立 卯月兎京 @1-12month
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