『滅多に外出しないヤツがたまに出るとこうなる』

 高天原たかまがはら神哉しんやにとって、一人の時間というものは今となっては非常に珍しい。

 と言うのも、ネットを利用した詐欺に勤しむ神哉は基本的に自宅から出ない。それに加えて神哉宅には彼杵そのぎを筆頭にかわるがわる犯罪者たちがやって来る。

 デフォルトで彼杵は毎日訪れ、さらに寝泊まりしていくため半同棲状態。標的ターゲットがいない時の和人かずひとは毎晩のように酒を持ってやって来るし、沙耶さやは朝方よく自宅代わりに使う。今では椿つばきが居候している上に、凶壱きょういちという中身も存在もイレギュラーな者に加えてその従者、壱岐いきイクミ(凶壱命名)という謎過ぎる二人もたまに遊びにやって来る。

 ゆえに現在、神哉は一人の時間が無いに等しい生活を送っているのだ。が、しかし。


「一人の時間、最高……」


 そんな神哉が今日、珍しく一人の時間を手にしていた。和人は最近標的ターゲットに付きっきりで来ないことが多いし、沙耶も何してるか知らないが最近来ない、それに引きこもりお姫様椿と半同棲女子彼杵は二人でどこかにお出掛けしているときた。

 そうつまり今神哉は――。


「――自由だァ……!」


 凶壱もイクミも来る気配はない。完全フリーダムな状況に、神哉は声を漏らしてソファに飛び込む。

 さあ何をしようか。神哉はいつもなら休むと決めた日は分刻みでぎっちぎちにスケジュールを立て、一分たりとも無駄にはしないハイパー有意義なオフを過ごすのだが、今日は急なオフなので予定が組めていない。

 どうしたものかと立ち上がり、一度部屋の中を一周してみる。買っただけで全く手をつけていないゲームや本、それらを片付けるのもありだ。ただせっかくのオフをそんないつも通りの過ごし方で終わらせてしまっては勿体ないような気もする。どうせならもっと今までしてこなかったようなオフを過ごしたいが……。


「よし、ドライブ行くか」


 神哉はリビングの小窓から見える駐車場に置かれた車を見て、そう呟いた。

 つい最近納車したばかりの新車、スズキのジムニーシエラ、XCグレード。コイツに乗るべく神哉は免許を取りに行ったと言っても過言ではない。

 意外にも結構クルマ好きな神哉、実はこれで二台目になる。ジムニーに乗りたくて自動車学校に通ったものの、人気車ジムニーは納車の期間が一年近い。乗りたい車ではあるがこうも乗れるまでが長いとなると買うのを躊躇ってしまい、二番目に乗りたかったトヨタのランドクルーザーを最初に購入した。と同時にジムニーの契約も済ませ、そしてついに数日前待望のジムニーが納車されたのである。

 お分かりの通り、86やロードスターと言ったスポーツカーのような流線型の車種よりもゴツゴツとしたSUVやオフロード車の方が神哉は好みだ。ランクルやジムニーの他にハマー、H2も候補に上がっていたのだが、免許を取ったばかりの自分に日本の狭く細い道でクソバカデカい外車を運転できるかどうか不安になり、購入を思いとどまった。


「やっぱジムニー乗るならマニュアルだよなぁ」


 早速外出の準備を済ませ、ランクルの前に停めているジムニーに乗り込む。そしてクラッチとブレーキを踏み込んでプッシュボタンを押してエンジン始動。シフトレバーをニュートラルの状態で右左にガチャガチャしながら呟く神哉の表情は、まさに恍惚。憧れのマニュアル車に喜びが込み上げてくる。自然と口角も上がる。

 ギアをローに入れ、右足のアクセルペダルをちょっとだけ踏み込む。ヴーンというエンジン音響き、続いてクラッチペダルを踏んでいる左足をゆっくり上げる。するとのそーっと車体が動き始め、神哉はそこでもう少しだけアクセルペダルを踏み込んだ。

 そのままある程度速度が出てきたところで、セカンドギアに上げてさらにスピードアップ。休日オフとは言っても本日の曜日は週の真ん中水曜日、その上現時刻は13時を少し回ったところ。神哉宅のある高級住宅街から大通りの国道に出ても、そこまでたくさんの車は走っていなかった。

 本日のドライブの目的地は、神哉宅から車で30分ほどの位置にある運動公園。ぽかぽか春陽気の今、遊具の充実したその公園は土日であれば家族連れの利用客が多いのだが、平日の今日は人も少ない。人混み嫌いの神哉にとっては有難いことこの上ない。

 道中コンビニに寄り、フルーツサンドとカフェオレを買った神哉。天気も良く、気分はピクニック気分。こんなにオシャレなオフを過ごしていいものか、充実っぷりが恐ろしい。

 身震いする神哉はその後も軽快にジムニーを走らせ、目的地へ到着。予想通り駐車場にはほとんど車は停められておらず、チラホラと犬の散歩をする成金っぽいマダムや腕を馬鹿みたいに上げてウォーキングする老夫婦など、平日の昼間にいても違和感のない人々ばかりである。 

 神哉は木陰に入っているベンチに腰掛け、コンビニのビニール袋からフルーツサンドとカフェオレを取り出した。ビニール袋が有料になったものの、それを買わないでいるとゴミをどこに捨てるかが問題になってくる。それで街中路中にポイ捨てする人間が増えるくらいなら、5円3円払ってでもゴミ袋代として購入する方が街のためになるのではないだろうか。

 神哉はそんな風に買わない方がいい決まっているビニール袋問題について考えながら、フルーツサンドをもしゃもしゃ食べ進める。春風がそよそよと頬を撫で、揺られる木々と葉がヒーリングミュージックを奏でてくれている。心地良さに眠気を覚える神哉だったが、ふと、どこかから自分を見つめる視線を感じた。

 遠方、100mほど離れた場所から一人の女性が神哉の方を見つめている。離れたこの位置からでも分かる、この公園にはいる人間としては違和感満載だ。ピシッとした女性用のスーツに背筋の伸びた綺麗な姿勢、ストロベリーブロンドの長い髪をポニーテールに結ったその風貌は、この平穏平和な日常風景を映し出す公園という場所には非常に不似合いだった。

 その女性はキョロキョロと辺りを見渡し、真っ直ぐ神哉の方へと向かって来る。徐々に距離が近くなり、顔立ちまではっきり視認できるようになった。どこの国かは定かではないが、その顔はイクミのように整った外国人顔をしている。

 やがて神哉の眼前にまでやって来て、その歩みを止めた。ジッと神哉の顔を覗き込むようにして見つめてきたかと思うと。


「どうも〜」

「ども……」


 ぺっこり頭を下げて、挨拶を繰り出した。神哉が異常なまでの訝しがる目を向けているというのに、そんなことお構いなしで言葉を継ぐ女性はこてんと可愛らしく首を傾げる。


「あなたで間違いないですよね〜?」

「えと、いや俺は……」

「あぁ、ごめんなさい! 当たり前のこと聞いちゃいましたよね!」

「は、はぁ?」

「ここで合流って話でしたもんねぇ〜」

「いや、あのだから多分それ俺では……」


 イクミのようなちょっとカタコト日本語とは違ってペラペラの彼女。吹き替え映画を見ているかのようで、神哉は妙な気持ち悪さを覚える。と同時にどうも上手く噛み合っていない会話も、その気持ち悪さを増幅させるスパイスになっていた。

 女性はベンチに置いているフルーツサンドとカフェオレを神哉側に押しやり、その空いたスペースに腰掛ける。そして神哉の顔を見つめ、真剣な表情で口を開いた。


「お噂をかねがね……。日本の超凄腕諜報員だとお聞きしております」

「……はい?」

「あっ、申し遅れました。ワタクシ、イギリスの諜報機関MI6、新人諜報員のガブリエル・マクレシミリアンと言います。気軽にガブとお呼び下さい」


 MI6、諜報員……俺、かなり聞いてはいけないことを聞いてしまっている気がする。それも問うてないのに勝手に……――神哉は内心焦っていた。内心どころか余裕で表にもその焦りが出てきてしまっていると言っても過言ではない。冷や汗がダラダラ垂れまくり、顔色はほぼ死人だ。

 がしかし、神哉のことをどうやら日本の凄腕諜報員だと信じて疑わないガブリエルは、どう見ても焦りまくっている神哉のことなど露知らず、言葉を継ぐ。


「今回の日本とイギリスの共同ミッション、絶対に成功させましょうね! 違法カジノに潜入してその実態を調査……日本では遠足は帰るまでが遠足って言うんですよね、それと一緒で今回のミッションも無事帰るまでがミッションです! 頑張りましょう!」

「いや、あのー……」

「あっ、すみませんトップシークレットな話をこんな公共の場でしてしまって。もし一般人に聞かれたら即殺さなくちゃいけませんからね!」

「ははは。うんうん。そーだぞ、気をつけたまえよ!」


 ……言えねぇ、今更人違いですよなんて絶対言えねぇ――神哉は焦りという領域を通り越し、もはやガブリエルがそうだと信じている日本の凄腕諜報員になり切っていた。決して神哉の対応力が並外れているわけではない、ただただ身を任せるほかないと半ば諦めているだけである。

 これで神哉がベラベラ口数の多いチャラ男タイプならば、少しは結果も変わっていたかもしれない。突然の外国人美女来訪に童貞感出しまくりでドギマギして口ごもらず、もっと早く「人違いですよ、ところでキミカワウィーねー、今からお茶しない?」とナンパを仕掛けられていればこうなはなっていなかったはずだ。


「それじゃあ、今日は明日のミッションの再確認ということで、どこか人目のつかないところに行きましょうか」

「ぉ、ぉおお! そうだなぁ!」


 ヤケクソに神哉はサムズアップでオーバーリアクションを取り、ガブリエルの背中に着いていく他ないのであった。

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我が家は犯罪者たちのたまり場になっています。 易松弥生 @ekimatuyayoi

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