第00話 天覧氷舞
大陸の雄、
二月半ばの、
氷舞とは、字義の通り氷上で舞を披露すること。
七夜かけて降り続けた雪のおかげか、巨大な繭型の湖は完全に凍りついていた。湖畔は白く彩られ、水面を封じ込めた分厚い氷は、鏡のような滑らかさと輝きを、湖畔の北に設けられた玉座におわすお方、東西の客席に座る百官に見せていた。
南方に構える楽団が、合図を受けて、それぞれの愛器に手を伸ばす。
ダンッダンッと太鼓の音が冬空に響き渡れば、火鉢と温石、何枚も着込んでいながら、奥歯を鳴らすのを耐える客人たちの気分を否が応にも高揚させた。
百官の吐息がそのまま凍りつきそうな寒さの中、楽師たちは長年培った自負と経験と表現者たる己の矜持の高さから、凍えによる震えなどで演奏を失敗することなく、唇を笛に寄せ、瑞鳥の鳴き声のごとき音色を高らかに生み出し、半月を描く箜篌の奏者たちが一斉に繊手を弦の上に走らせ、鮮やかな音色の波紋を生み出した。
そうして楽団の中から進み出た一人の舞手が、舞台である湖面へと現れる。
スゥーっと音もなく凍った湖面を滑る舞手の登場に、三方の客席の視線が一斉に集中した。
今年の舞手は十代前半。若木のようなしなやかさな体躯、そしてこの年頃にしか生み出せない初々しさと色気を持っている。
舞手は湖の中央まで真っ直ぐに滑ると、ぴたりと立ち止まった。片膝を曲げ、臣下の礼を北方におわす皇帝陛下に捧げる。
奉献の開始を告げる銅鑼が鳴り響いた。
すくっと立ち上がった舞手が、広大な湖面の輪郭をなぞるように滑り、時に左右に身体を揺らし、独楽のように旋回し、片足を軸に跳躍する。
音色に合わせて氷の上で踊る舞手が、この場にいる人間たちの耳と目と心を惹きつける。
音楽とともに動く舞手の、滑氷鞋の底の刃が描く軌跡は、龍となる。
湖畔に設けられた篝火が照らす明かりが、氷上で徐々に生まれる龍の存在を告げていた。
舞手は龍の目を描こうと、飛ぶ。空中で四回転を披露し、着氷。
同時に。
氷が、割れた。
舞手が着氷したと同時に、蜘蛛の巣のごときひびが湖面に生まれる。
飛び散った氷片は、光を浴びて美しい煌きを放った。まるで水晶の花が突如咲いたと観客が錯覚するほどに、開花した氷の花々は明確な意思を持つようにして、舞手が氷上に描いた龍の鱗や爪を食らいつくしていく。
白く凍った湖面に生まれた氷の花を中心に走る無数のひび割れから黒い水面がのぞき、銀盤には、あたかも二匹目の龍が誕生したかのようだった。
そして、あっという間に舞手を、たゆたう黒い水面に引きずり込んだ――。
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