卒業の春
結局私は先生の母校には受からなかった。色恋にうつつを抜かしながら受かる様な大学ではなかったのだ。けれど、受かっていたとしても私はその大学には入らなかったのではないかと思う。入学してしまえばきっと私は、先生の面影を探していつまでも前に進めなかったと思うから。
先生は誠一の物語にハッピーエンドもバッドエンドもないと言っていた。じゃあ私の物語はどうだったんだろう。フラれて終わってしまったこの恋物語は、傍から見たらバッドエンドなのかもしれない。けれど私はそうは思わない。この恋をしたことで初めて気付けたことがあったから。私も誠一と同じで、フラれて、やっとスタートラインに立てたのだと思う。
***
卒業の日。儀礼的な式を終えて、私は先生の生徒ではなくなった。
あちこちで同輩たちが、別れを惜しんで笑って、泣いていた。私はそんな友人たちの輪から抜け、一人離れて卒業生を見守っている先生の元へと足を運んだ。
先生はいつもの草臥れた白衣を脱いで、いつもより上等のスーツに身を包んでいた。
私に気付いた先生が振り返る。
「おめでとう」
ぶっきらぼうに見える、いつも通りの無表情。私が線を飛び越える前と、何も変わらない先生の態度。
泣き虫の私は、この瞬間まで、先生の顔を見たらまた泣いてしまうのではないかと思った。
けれど実際に胸に沸いたのは、先生との別れの悲しみではなく、何とも言い難い静かな気持ちだった。過ぎ去った季節を寂しく思う様な、やがて来る季節を待ち構えているような、そんな気持ちだ。
口を開き、先生が何かを続けようとした。けれどその言葉にかぶせるように私は大きくお辞儀した。
「先生、ありがとうございました」
顔を上げて笑いかければ、先生は少し驚いたような表情をして、優しく笑い返してくれた。
「さようなら先生」
出来る事なら、私が先生にとって消えてなくなる大通りの誰かではありませんように。
それだけ願って別れを告げた。
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