妖精画展

安良巻祐介

 

 街に妖精画展が来ると言うので、母と二人、見に行った。

 海色をした美術館分館のまわりには、小さな風がいくつも廻っていて、僕たちはその中をこそこそと歩いて入って行った。

 渡された二枚のチケットは思っていたよりもずっと小さいもので、西欧の言語であろう、何か渦巻きじみた紋様の列と、花や、蔓のかたちに取り巻かれた不思議な図版が、真ん中に奇妙な空白を空けて、四角い窓の中に印刷されてあった。

 クリーム色に塗られたミュージアムの中には、すでにたくさんの人がいた。

 皆、壁の妙に低いところにかけられた、手のひらに収まりそうな小さい絵を、かがんで覗きこむようにして見ている。

 母はこれらの妖精画を紹介した女性作家の生涯やその理念、異性や同性のパートナー、彼女が晩年に棲んだある遠く淋しい島のことなどに心を奪われているようで、それらのことをあれこれと述べたてたが、僕はうわの空で聞きながら、憑かれたように壁の画を目で追っていた。

 思っていたよりもずっと細かく線が書き込まれていて、おそろしく小さい画面なのに、妖精たちの窪んだ目や、皺などもくっきりと見て取れた(これは、女性画家の自画像についても言えることであった)。

 色調にしても、思っていたよりもかなり暗色寄りであって、青、あるいは緑の憂鬱な彩りが、妖精たちの棲みかを支配していた。

 ずらずらと壁に並んだ絵の中で、残らず不吉な顔をして、何かから逃げていくような妖精たちの姿を、僕は、他の客と一緒になって、背を丸めて追いかけて行った。

 順路も最後の辺りで、真っ白い画面の端っこに、小さな網をかけて眠っている姿の妖精があったので、何気なく、チケットを持った片手をそこへ近づけると、手をどけた時には、その妖精はいなくなっていた。

 えっと驚く僕の前で、手の中のチケットのあの四角窓の、不思議な真ん中の空間に、驚いたような妖精の、影のある、皺深い顔が、いつの間にか刻印されてあった。

 「来て良かったねえ」

 ミュージアムを出た後、図録を持って満足げに言う母へ頷きながら、これは本の栞にしよう、と心の中で考えて帰途に就いた僕は、家に帰って机の上へチケットを置いた時に、あっと声を上げた。

 あの妖精はおろか、周りに描かれていた文字や花や蔓模様までもが、綺麗になくなってしまっていたのである。

 真っ白い、何にも書いていない長方形の紙切れに、小さな四角窓だけが、所在なげに残っていた。


 後日、僕は再びミュージアムを訪れた。

 けれど、チケットは広告や何やがべたべたとくっついた幅広の券で、妖精たちの絵はどれも僕たちの背丈の高さにあり、絵の中も、妙に明るい色彩が日を照らしていた。

 あの女性作家の顔もなぜか別人になっており、そして何より、絵の中の妖精たちの顔に皺や窪みなどなく、ただどれも同じようなつるりと丸い顔をして、害のない笑みを浮かべているばかりであった。

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妖精画展 安良巻祐介 @aramaki88

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