高木悠太24歳、優愛20歳、優里20歳

昔、ある心配をしたことがある。


高木優愛


高木優里


俺の双子の妹、二人で満ち足りて、それで完成された双子。


その双子がもし片方が欠けてしまったとしたらどうなるんだろうと。


例えばそれは、独り立ちして離れてしまった時。


例えばそれは、事故や病で亡くなった時。


様々な理由で二人が離れることも、生きていればあるだろう。


子供の頃のように、いつも一緒ではいられない。


しかし、仮にその準備が出来ていない場合があったら?


そう、例えば次女の高木優里。


長女の高木優愛は最近家族以外の人間と過ごすことが多い。小学生の頃のように優里にべったりではなく、自分の交遊関係を築いている。


大学生になればそれは当たり前のことだ。子供だったものはいつの間にか大人になり、自分の人生を歩んでいく。


しかし、次女の優里はそうではなかった。


優里は昔のように子供のままだった。あの快活な性格なら友達だって出来るんだろうに、それでも優愛といたがり、他と関係を築こうとしなかった。


高校生まで部活やバイトもせず、家で魔法の練習ばかりしていた。


俺はその当事東京の大学に通っていたから具体的には知らない。ただ双子の関係が変わりつつあることは感じていた。


そこでまた同じ心配をした。


次女の優里が長女の優愛を失ったとき、どうなるのだろうと。



一月、冬、今日は寒い日だ。


東京の大学を卒業して早2年、今は地方の会社に就職した。


仕事内容は主に事務作業でインドアの自分には合っていた。休みが少ないのがちょっとした不満だ。


仕事から帰った後コンビニで弁当を購入し、そのままアパートへ帰宅。今日の残りの時間は弁当を食べて風呂に入って眠るだけ。ここ2年程同じような生活サイクルを過ごしていた。


似たような時間を過ごすだけ。そう思って帰宅したのだが。


「………………くちゅん」


アパートの扉の前でしゃがみこんでいる次女の優里を見て、今日は騒がしい日になりそうだと感じた。



「もう!帰るの遅いよ悠兄ちゃん。寒くて手が痛いんだけど」


「何の連絡もしないお前が悪い」


優里を部屋に入れ、冷えた身体を温まらせる。相当寒かったのか、ストーブから離れようとしない。


「そもそも場所教えてなかったろ。よく解ったな」


「うん、お母さんから訊いた」


おかしいな。母にも教えてなかったんだが。


「それにしても……うん」


「何?悠兄ちゃん」


俺は成長した優里の全身を見て、ふと呟く。


「女らしくなったな」


「え……そうかな?そうかな!?」


ちょっと照れる次女。


「あぁ、中身以外は」


まあ素直に誉めたりしないけど。


「~~~~~~!なんでそんな意地悪言うの!?」


軽く笑う。怒ったのか優里は抱きついてきた。


「ふふーん、この成長した身体を見てもそんなこと言える?」


優里は柔らかい部分を押し付けて挑発してくる。そのことに何も感じない訳ではないが、その恥じらいの無さが中身の未熟さを表しているんだ。


「ふふ、ふふふ……ふふ」


「おいおい、良い加減離れろよ……ん?」


さっきまで陽気だった雰囲気がなりを潜め、胸元に顔を埋め黙ってしまった。


「………………ぐすっ」


「……あぁ」


その仕草で、ここに来た理由をなんとなく察してしまった。


本当のことは優里にしか解らないけど。



「……で、要は暇になったからこっちに来たと?」


今は一月。大学2年生の優里は今冬休みらしく、特にすることも無いのでこっちまで来たらしい。


「家には優愛はいなかったのか?」


「優愛は冬休みになってもこっちに帰ってこないもん。よっぽど京都が楽しいみたい」


優愛は京都の大学に通っていて、優里は実家の近くの大学に通っている。優里からすれば遠くの大学に行った優愛に納得がいかないみたいだ。


「なら優愛の所に行けば良かった」


「……何悠兄ちゃん?あたしが来たことがそんなに嫌?」


「あぁ、あまり好ましくない」


少なくとも大学に行ってからは優里と全く会っていないので、少し戸惑いを感じる。


実際俺も上京して以来、実家には帰っていないのだ。


「ふん、もういいわよ。あたし寝る!」


「あっ、俺のベッドを使うな!」


その後優里とベッドを取り合ったが、女の優里にいまいち本気が出せず、根負けしてその夜はソファーで寝た。



その日は昔の夢を見た。


子供の頃、あの双子に魔法で酷い目に遭わされたこと。一緒に登校したこと。一緒にテレビを見たこと。


多分これは俺が高校生の頃だろう。その頃には双子とはわだかまりが無くなっていた。俺達兄妹が仲の良い時期。今となっては貴重とも言える。


その夢では優里と仲が良いのが印象強かった。双子が中学に上がると長女の優愛は反抗期なのかあまりべたべたしなくなったが、優里は変わらず甘えてきた。


段々と大人になっていく優愛に反して優里は子供のままだった。最後に会ったのは東京の大学に行く前だったが、その頃と今じゃ中身は大して変わっていなかった。


その不変さが、とても不安を呼んだ。



起床、良い目覚め。


さっきまで昔の夢を見ていたからか、少し懐かしい気分だった。あの頃は楽しかったと思う。今の生活も悪くはないが、どこかちょっと寂しい。


良い加減恋人が欲しいぜ。


「あー、起きた。遅いよ悠兄ちゃん!」


キッチンの方から優里の声が届いた。この香ばしい匂いからして何か料理をしているのだろうか?


「遅いって、アイツ結構早起きだな」


気だるげにソファーから起き上がり、テーブルに置いてある目覚まし時計を見る。会社は8時からなので6時30分に起きれば余裕で間に合う。


「時刻は……は?」


目覚まし時計の表示された時刻は7時45分だった……は?(二回目)


「あ、ごめーん。うるさかったから目覚まし時計切っちゃった」


「貴様の仕業か!」


この馬鹿妹!社会人の遅刻は恥ずかしいのに!


アパートから職場までどんなに急いでも10分はかかる。俺はなんとか3分で身支度を済ませ、アパートを出ようとする。


しかし、優里に止められる。


「ご飯、食べて行きなさい」


「時間無いから後で!」


「食べていって」


「だから」


「食べないと……」


「解った。だから下手な真似はやめろ」


昔からの経験で無難な選択をした。ここで魔法を使われたらたまったものではない。


一応5分の遅刻で済んだが、これが数日続くと思うと胃が痛くなる。



悠兄ちゃんが出勤してからあたしは朝食の後片付けをした。あまり味わって食べなかったのは置いておいて、自分の作ったご飯を食べてくれるのは嬉しい。


胸の辺りが温かくなって、なんだかこそばゆい。


その後ベッドのシーツを取り替え、洗濯をして、掃除機をかけて一通りの家事を済ませた。泊まらせてくれるお返しでもあるけど、自分が有能であることを兄に示したい。


一応大学の冬休みが終わるまで泊まらせてくれる約束だが、あたしはそのつもりはない。悠兄ちゃんが許すなら、いつまでもここに居たい。


大学はつまらない。


つまらない講義、つまらない知人、つまらないサークル。


優愛と一緒ならそんな大学でもいいかと思ったけれど、優愛はあたしに何も言わず遠くの大学に行ってしまった。


最近、優愛とはソリが合わなかった。


中学の頃から素っ気ない素振りはあったけど、高校からは完全にあたしたちは別行動をしていた。優愛はあたし以外の人達と一緒に過ごすようになり、悠兄ちゃんは東京にいて実家にはいない。


高校生になってからあたしは一人だ。


暇だったからその時間で魔法の練習をしていた。けれど、昔と違って魔法をかける相手がいなかったから、その練習にも身が入らない。


でもうちは魔女の家系だから、魔法を受け継がない訳にはいかない。次の代に受け継がせるかは別として、あたしが魔法を受け継がない訳にはいかない。


魔法の練習の最中、あたしは昔の思い出を思い返していた。


分裂の魔法が失敗したあの日。


悠兄ちゃんに怒られたあの日。


魔法では人の心は手に入らないと言われたこと。


あたしはその言葉がよく理解出来なかった。いつか理解出来る日が来ると思っていた。しかし、今でもよく解らなかった。


だから、本当に魔法で人の心が手に入らないのか、もう一度試したかった。


その為にここに来た。



仕事を終えてアパートに帰宅し、優里のご飯を味わった。


朝は時間に追われていて味わう暇がなかったが、リラックスして食べると結構美味い。


「あの優里がこんなに料理上達してたなんて、思ってなかった」


「悠兄ちゃんがいない間にいっぱい練習したからね」


「あぁ、中学の頃は炭製造業だったからな」


ちなみに練習台は俺。妹の料理を試食する時間を『繰り返される最期の晩餐』と密かに名付けていたのは秘密だ。


「これからはいっぱい悠兄ちゃんにご飯振る舞えるね」


「まあうちに住めればな。でも冬休み終わったら帰るんだから残念だよな」


いつもコンビニのお握りや弁当ばかり食べていたから、こういった手料理は妹でも嬉しい。


「……なら大学卒業したらこっちに来ていい?」


「……他に行くところなかったらな」


少し考えたが、まあ突き放すこともない。その言葉に半分保留の形で答えた。


「やった!忘れないでよ悠兄ちゃん」


「あまりアテにするな。俺は気が変わりやすいんだ」


いつまでも兄妹で住むのも社会的に問題があるし。


それに、優里には家族以外にも仲良くしてほしい。


その後夕食の後片付けを済ませ、優里と少し話して眠りについた。



それから数日、優里はアパートにいた。


優里はアパートにいる代わりに家事を担当してくれた。俺は家事は苦手だったので助かっていた。毎日美味いご飯を食べれて生活に潤いが生まれた。


そろそろ一月が終わる。冬休みはまだ終わらないのか優里に訊いてみたが、優里の大学は冬休みが長いらしい。それを疑わしくは思ったが、深く考えないことにした。


優里がいなくなることに淋しさを感じたのかもしれない。


それとは別で少し気になることもあった。優里が来てから毎晩昔の夢を見るようになったのだ。


主に双子……特に優里との夢が多い。毎日の何気ない日常や俺がもう覚えていないことも夢に出た。


しかし、ここ2、3日の夢は不可解だった。それは優里と二人で出かけて一緒にファミレスでご飯を食べたり、中学生の優里と一緒に風呂に入ったり、夜に同じ部屋で優里と眠りについたりなど。


まるで恋人のような関係に見えるが、俺にその記憶は一切無い。いくら優里が甘えてきても、そこまで距離が近かった覚えがないのだ。


俺が優里にそういった感情を抱いている……とは思いたくはない。


その反面、優里以外の夢は全く見ない。夢の中には優里しかいない。他の誰も夢で出会わない。その世界では自分と優里しかいないのだ。


夢を見るとき、どこからか声が聞こえた。


「あなたにはあたししかいないように、あたしにはあなたしかいない」


その声は求める声だった。俺の心を抱き締めるように妖艶に触れる。


「欠けてはいけない。欠けてしまってはあたし達は意味を消失する」


それはまるで心を溶かすような感情。


「他を見てはいけない。よそ見をすればあなたは迷ってしまう」


「あたしを見て。迷わないで近くにいて」


それはまるで盲目にするような束縛だった。


「忘れないで、あたしはあなたの全て。あたしの心はあなたで出来ているように、あなたはあたし無しでは生きていけない」


言葉が心を縛り、感情が心に傷を付ける。手が身体を離さないと言わんばかりに爪を立てて掴み。頬が頬にすり寄る。


ここにいると、空っぽの気持ちになる。今まで大切にしてきたもの、積み重ねたもの、全てが消えて無くなり、その空虚さを埋めるように俺も彼女を求める。


「ずっと……手を繋いでいようね」


そんな嘘みたいな永遠が、ここにはあるように感じた。



優里といってきますの挨拶をして、アパートを後にする。


通勤中も仕事中も頭からあの夢が離れなかった。あの官能的な夢がまだ頭に残っている。優里にいけない感情を抱いている。そのことが否定出来なかった。


ただの妹なのに、気恥ずかしくて顔が見れなかった。あんな夢を見たからだ。


妹を異性として意識してるなんて、そんな筈は無いんだ。


こんな感情を優里に知られたくはない。こうなれば優里には実家に帰ってもらいたいが、そう言うことを聞く奴でもないんだよな。


昼休み、ぼんやりと外を眺めていると実家にいる母から電話がかかってきた。


「もしもし悠太?」


「母よ、どうした?」


滅多に連絡を寄越さない母が珍しい。


「悠太、そっちに優里いる?」


「いるよ。そういえばアイツいつまで冬休みなんだ?そろそろ一月終わるぞ」


「は?冬休み?何言ってるのよ、あの子もう大学辞めたわよ」


「………………は?」


衝撃の事実に今朝の夢も吹っ飛んだ。大学を辞めた?


うちに来た時点で既に?


「な、何で……?」


「気がついていたら辞めていたのよ。確認取ろうにも、もう家には居なかったし。しばらくしたら帰ってくると思ったけど帰って来ないし!」


呆然としたが、少し深呼吸をしてペースを取り戻す。母と確認を取り電話を切る。


一応話した方が良いと思い、しばらく使っていなかったアイツの電話番号に電話を入れた。


本当に久しぶりに話すアイツに。


「…………もしもしーー」



悠兄ちゃんの家に上がり込んで2週間、そろそろ頃合いだと思った。


大学を辞めたことは悠兄ちゃんには黙っていた。すぐに話したら実家に連絡を入れられると思ったからだ。


だから、そうなる前に悠兄ちゃんの心をいじった。


悠兄ちゃんが最近見る夢、それはあたしが見せていたのだ。


初めは元々あった記憶を、途中から記憶に改ざんを入れて、最後にあたしの記憶を交えて。


あたしと悠兄ちゃんが二人で出掛けたり、一緒に風呂に入ったり、一緒に寝たりした事実は無い。


だってあれはあたしと優愛の思い出だから。その思い出をあたしと悠兄ちゃんに置き換えたのだ。


そして、夢を利用して悠兄ちゃんの心をいじった。


徐々に意思を削り、溶かして、心に傷を残した。


あたししか見えないようにした。


これで悠兄ちゃんがあたしを襲ってくれば一番なのに、思ったより意志が固いみたい。


あんなに溶かしてあげたのにね。


でもそれも時間の問題。たとえ悠兄ちゃんが手を出さなくても、あたしから行くから。


あたしは悠兄ちゃん……悠太が好き。


異性として。


優愛は今となっては解らないけど、あたしはずっと好きだった。優愛は分身のように思っていたけど、悠太は理解者だった。


男の人で唯一あたしを理解してくれる人。あたしを等身大で見てくれる。あたしはいつからか悠太を兄ではなく男として見ていた。


……でも、あたしが11歳の時、悠太にはっきりと拒絶された。


魔法では人の心は手に入らない。


そう言われ、しばらくは仲の良い兄妹を演じていた。


嫌われたくないから。


だから異性として付き合うのを諦め、兄妹として一緒にいようとした。


でも、それじゃ駄目なんだ。兄妹の関係では、優愛のように離れてしまう。


それで私はつまらない大学を辞め、悠太の元へ行った。


今度こそ、悠太を自分の物にするために。


悠太をあたしがいなくちゃ生きていけないようにするために。


今日がその頃合いだ。



「なぁ優里、俺に何か隠してないか?」


「……何が?悠兄ちゃん」


アパートに帰宅して夕食時、俺は優里が大学を辞めたことを問いただした。


「あぁ、バレちゃったか」


「母から聞いてな。お前親にも相談しないで決めたそうじゃないか」


「だって大学つまらないもん。それとも無理して大学に行かなくちゃいけないの?」


「いけない訳じゃない。しかし優里、これからどうするんだ?実質無職みたいなものじゃないか」


せめて働くアテを見つけてから辞めても良かったのに。何故こんな向こう見ずなことをしたんだ?


「無職じゃないしアテが無い訳じゃない」


「どういうことだ?」


「あたし、ここに住む。悠兄ちゃんと一緒にいる」


その言葉が冗談ではないことをひしひしと感じられる。優里は本気でここに住もうとしている。


「……あのな、俺達はもう子供じゃないんだから、そろそろ自分の人生を歩んでも良いんじゃないか?」


良い加減依存するのやめろ。


それにいつまでも家族にべったりであってほしくない。それは自分にも、相手の為にもならないから。


「あたしの人生は……あげる。だから悠兄ちゃんの人生をあたしに頂戴」


「おいおい、それじゃまるで」


「まるでプロポーズだね。兄妹で夫婦なんていけないね」


優里の言葉は冗談のようで本気だ。


そのことが少し哀しかった。


「……でも俺は嫌だ。お前とは一緒にいたくない」


「ここに来ても良いって行ったのに?」


「そういう意味じゃないんだ」


優里とは兄妹でいたかった。可愛い妹を愛でるような、普通の兄妹に。


「…………ホントのこと言ってよ」


「うっ」


優里の眼を見たとき、最近の夢がフラッシュバックした。


懐かしいような、淋しいような、


心が空っぽになる、あの夢を。


「本当は淋しいんだよね。知り合いがいないこの地で、一人ぼっちのこの部屋でいつも一人でいるのが」


「違う……俺はこの生活に満足している」


自分には何も無い、誰とも繋りが無い


「あたしは淋しかった。優愛も悠兄ちゃんもいない家が、寒くて心が空っぽになりそうだった」


自分の心を麻痺させて、孤独を感じないようにした。


「ここに欲しいものがない。そう思ったら全部どうでもよくなっちゃった」


「将来とか、人生とか、そんなの悠兄ちゃんにあげる」


一度温もりを知った心は、孤独を受け入れることは出来なかった。


「だから……悠兄ちゃんはあたしに触れて温めて」


「あたしを悠兄ちゃんでいっぱいにして」


「寒さを……忘れさせて」


俺は空っぽであることが、孤独であることが嫌になって、


優里で心を埋めようと、押し倒した。



「悠太……?」


久しぶりに聞く声。後ろから聞こえる声にハッとして動きが止まる。いつの間にかその人物は中に入っていて一部始終を見ていたらしい。


振り向くとそこには20歳の優愛が驚いた表情でこちらを見ていた。


おかしい、こっちに来るのは明日じゃないのか?


「優愛……なんでここに」


優里も驚いていた。当然だ。優愛が来るなんて思いもしなかったんだから。


「優愛……これはその」


優愛の表情は驚きから怒りへと変わり、こちらへ近付いてくる。


「兄妹で何してるのよ、この馬鹿!」


俺と優里は優愛から本気目の拳骨を喰らい、朝まで説教された。


そのことに安堵を覚え


久しぶりに兄妹3人揃ったことに、密かに安心していた。



後語りをしよう。


まず、何故あのタイミングで優愛が来たか。それはその日に優愛に電話をしたからだ。


「優里が大学辞めたから、そのことで少し話したい」


昼休み、母からの電話の後久しぶりに優愛の電話番号にかけた。しかし実際にこっちに来るのは翌日だったが、向こうで予定が空いたらしく早めに来たそうだ。


その行動力とたまたまに俺は人生で最大の感謝をした。あのまま事が進んだら洒落になっていなかった。


優里はしばらく優愛の元で住むそうだ。しかし、今までみたいにべったりの関係ではなく、ちゃんと社会勉強もさせるらしい。主に優愛の友達と仲良くさせるとかなんとか。


久しぶりに会った優愛はしっかりしていた。下手をすると兄の俺よりしっかりしていた。そのことに思うことが無いことも無いが、まあ優愛が付いていれば大丈夫だろう。


その後2日ばかり3人で過ごし、2人は優愛の住む京都へ行った。優里は渋ったが、優愛が力付くで連れて帰った。


そしてこちらは、元の日常に帰りつつあった。



仕事を終えて自宅のアパートに帰宅した。


コンビニで買ってきた弁当を食べながら自分の部屋を見回した。月並みだが、優里がいなくなって部屋が広く感じる。


コンビニ弁当も味気ない。早くも優里の手料理を恋しく思う。


今まで平気だったこの生活が、今ではとてもつまらなく感じる。いつも当たり前にあったものを無くしたような、


欠けてしまったような。


優愛という分身を無くした優里も、こんな気持ちだったのだろうか?


こんなつまらない生活を送っていたのだろうか?


「……ははっ、妹に毒されてどうするんだ」


弁当を食べ残してベッドに横になる。急に世界から独り取り残された気分だ。


独りで平気だったのに。優里のせいで独りでいることが淋しくなってしまった。


「有給貰って、たまには帰るか」


大学に上がってから一度も帰っていない実家。高校卒業以来会っていない友人。それが突然恋しくなってしまった。


……きっと優里もこんな気分だったんだ。つまらなくて、淋しかったから誰かにすがろうとした。


情けないが、今ならその気持ちが解る。


「あの馬鹿、元気かな」


中学生からの付き合いの馬場と帰ったら遊ぼうと思い、眠りにつく。未だ優里の香りが残るベッドで眠りにつく。


淋しさに身を焦がす。しかし、愛しいという気持ちを思い出したことが、ちょっとだけ嬉しかった。



おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

双子の魔少女 シオン @HBC46

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ