双子の魔少女
シオン
高木悠太15歳 優愛11歳 優里11歳
……昔、妹達に酷い目に遭わされたことがある。
長女の高木優愛、次女の高木優里。この二人は双子であり、俺の妹であり、魔女だ。
俺の一族は魔女の家系だ。その家に生まれた女の子は魔法を教わり、その教えを次の代にまた伝える。
現代において魔法を使用する機会はほとんどないが、昔から伝わるその伝統と知識を途絶えさせたくない……というのが先祖代々の願いだ。
その魔女の妹達が5歳の頃、つまり俺が9歳の頃魔法を受けた。
その魔法は人間を二人に分裂させる。つまりあの妹達は俺を二人に分けようとしたのだ。
ぽかぽかと暖かい昼下がり、昼寝をしていた俺は自分の存在が不安定になる感覚を感じた。自分が二人いるように感じる。それが怖く感じて飛び起きた。
どうやら妹は兄を二人に分けて自分の物にしようとしたらしい。ただ術が成功する前に起きたから、術は失敗したらしい。
もし術が成功していたら……と思うとぞっとする。
その無邪気な独占欲に恐怖し、それ以来双子とは距離を取るようになり、月日は経ち。
俺は15歳の受験生になり、双子は11歳の小学5年生になった。
†
「いってきます」
7時30分に起床し、少し急ぎ目に身支度を整え自宅を出る。季節は冬、この時期起きる時間が遅くなるのはこの寒さのせいだ。高木悠太の朝は遅い。
「行ってらっしゃい、悠兄ちゃん」
「………………」
次女の優里が送りの挨拶をする。兄ならば妹に対して爽やかに言葉を返すものだが、出来れば相手をしたくない。
俺は昔受けた恨みを忘れてはいない。
「こら悠太!妹の挨拶にちゃんと返しなさい」
「そうよお兄ちゃん、大人げないぞ!」
「…………へぇーい」
嫌々返事をする。母は怒らせると恐いので逆らわないが、長女の優愛には偉そうに言われたくない。この双子は、こちらが距離を取っても気にせず近寄ってくる。
それがとても恐ろしく思うのは自然なことだ。生物として当たり前だ。
「ねぇお兄ちゃん、今日はいつ頃学校終わるの?」
お兄ちゃんと呼ぶ長女優愛はこちらの予定を訊いてくる。
「何故お前らにそんなことを教えなければいけない」
「妹が兄のことを知りたいと思うのはいけないの?悠兄ちゃん?」
悠兄ちゃんと呼ぶ次女優里はとても図々しいことを言う。
「お前らを妹と思ったことはない」
「…………」
「……あ、」
そう言って少し冷静になった。流石に傷つけたか?
「……ねぇ悠兄ちゃん、妹じゃないってどういうこと?」
「そ、それは……」
今更訂正するのもしゃくだ。しかし妹を傷付ける兄というのもあまりに格好悪い。渋々訂正を入れようとしたら、
「異性ね!」
「は?」
突然母が割り込んできた。何を早とちりしたんだこのおばさんは……。
「妹じゃないなら一人の異姓として見ているのね、悠太」
「違っ、うっ!」
「「大好き!!」」
訂正を加えようとしたら、機嫌を良くした双子からタックルを喰らった。容赦のない抱き付きに思わず朝食を吐きそうになり、留める。
「うれしい!今まで素っ気なかったのは愛情の裏返しだったのね!」
「悠兄ちゃんはツンデレだ!」
「ち、ち、……」
違う、という声が近所一帯に響いた。
†
「からかったのまだ怒っているの?お兄ちゃん」
「中学生なら軽く流してよ悠兄ちゃん」
朝の登校、中学の通学路を歩くを歩く俺に付いてくる双子。
鬱陶しい。
「……おい、お前らの小学校は向こうだろう?付いてくるな」
「ちょっとでも悠兄ちゃんと居たくて」
「早く兄離れしてくれ」
「なんで?」
双子の言葉に苛立ちを感じる。魔法という力を持っているだけに、無駄にポジティブなのだ。
「……付いてくるなよ」
「あ、逃げた!」
長女の言葉を尻目にその場から全力で逃げ出す。まともに相手しても疲れる。ならば早く離れる……だ……け。
「あれ、身体に力が入らない」
だんだんと力が抜けていき、数歩フラフラと歩いたところでとうとう身体を支えることが出来ず、膝を付いてしまう。
まさか……。
「もう、急な魔法は加減が出来ないんだからやめてよね~」
ぱたぱたと駆け寄ってくる長女。こいつ、俺に魔法を使いやがった。
俺が恐ろしく感じるそれを、躊躇なく使いやがった。
「頼む……術を解いてくれ」
「どうしようかなぁ。私逃げられて傷付いたんだけど」
こいつ……人が動けないことを良いことに。
「……まあいいや。じゃあ逃げないっていう誓う?」
「誓う」
「一緒に小学校まで付いてくる?」
「……誓う」
すると身体に力が戻ってきた。本当は不本意だが、従わない訳には行かなかった。
双子は我が儘だ。魔法を使えば我が儘が叶うと思っている。
手に入らないものは無いと思っていてもおかしくはない。
「お兄ちゃん、手繋いで行こ?」
「あぁ……」
「あたしもね」
右手を優愛と繋ぎ、左手を優里と繋いだ。端から見れば仲の良い兄妹だ。
「両手に花だね」
「……あぁ」
花は花でも、食虫植物に絡まれたような気分だが。
†
双子の通う小学校に着き、双子と別れる。
それから全力で中学校まで走った。そもそも家を出る時間が遅かったんだ。一時限目に間に合うに越したことはない。
しかし、教室に着いた頃には一時限目は既に開始しており、クラスメイトの皆から見られながら席に着いた。
恥ずかしい。
「随分遅い登校のようで」
「色々事情があるんだ」
席に着くと隣の馬場から嫌味を言われた。まあ実際嫌味とは思っていないが。
「本当に妹と仲が良いよな」
「クソ、見ていたのか」
どうやら登校中、双子と一緒にいるところを見られていたらしい。そしてこいつは俺が双子を苦手としていることを知っててこんなことを言う。
「あやかりたいものだな」
「あやかってくれ。地獄に飛び込む覚悟で」
「冗談だ。それにしても凄い比喩だ」
比喩ではない。
「高木もあんな妹を持って大変だな。噂聞いてるよ」
双子が魔女なのは家族以外知らないが、その自由奔放さはこの街に住む人間なら知らない方が少ない。実際、それくらいのことはしている。
「まさかバス停を盗み出すとは思わなかった」
「それは流石にしてない」
ただ強くも否定出来ない。犯罪に手を染めていないことを祈る。
†
「なぁ、あの噂って知ってる?」
授業中、授業に飽きたのか馬場が話しかけてきた。
「あぁ、孤立してるってやつか?」
「知っているのか」
本人は特に言わないので本当か解らないが、あの双子は学校で誰とも話さないらしい。いじめを受けている訳でもなく、仲の良い友達もいない。
あの二人には他者を寄せ付けない雰囲気があり、話しかけても無言で拒絶すると近所では有名な話だ。
母は特に何も言わない。魔女は少なからず孤独なものだからと母は言う。
「あの二人も閉鎖的なところあるしな」
優愛と優里、あの二人は二人で完成されていて、あの二人の世界は家族だけだ。
あの二人は二人で満ち足りている。
個人的恨みを抜きにしても、あの双子の生き方は心配になる。あの二人は大人になってもずっと二人でいるんだろうか?
もし片方が欠けたら、あの二人はどうなるんだろうか?
†
学校から帰宅すると、次女の優里からいきなり絡まれた。
「悠兄ちゃん、遊ぼう!」
「受験勉強あるから無理だ」
受験勉強は良い。合法的に双子から離れられるからな。
「なら勉強してるの見てる」
「気が散るから駄目」
「優愛と遊んでいるから」
「尚気が散るわ!」
双子が側にいて受験勉強が捗るか!
邪魔される未来しか見えない。
「こら悠太!近くにいるだけなんだから構わないでしょ?」
「やだよ!」
「男なら はい か Yes よ」
これだから男女平等というものが嫌いだ。女に力を付けるとロクなものにならないし、必ずしも平等になるとは限らないからだ。
その結果がうちの家族だ。
†
「悠兄ちゃん、勉強って楽しい?」
「好きじゃないものを無理矢理学ばされて楽しい訳ないだろう?」
自室、受験勉強をしながら双子の相手もしていた。いつ魔法を使われるか気が気でないけど。
「確かに学校の勉強って退屈よね。でもお兄ちゃん、私はお母さんから魔法を教わるのは好きよ」
長女が答える。まあそんなに自由自在に魔法が使えれば楽しいだろうよ。
「魔法はお前達に合っていたんだな」
「「うん!」」
それをあまり悪用されたくないのだが。
それで今日学校で話した噂を思い浮かんだ。
「そう言えばお前ら、学校では魔法遣ってないよな?」
「当たり前じゃん悠兄ちゃん」
きっぱりと答える次女。まあ、いくら小学生でもそれくらいは気をつけているか。
「どうしてそんなこと訊くのお兄ちゃん?」
「二人が学校で上手くいってないって聞いたからさ」
つい学校で魔法を使って異端扱いでもされたかと思ったからな。
「それ誰から聞いたのお兄ちゃん?」
「色々な人から」
「可笑しいねお兄ちゃん。私達楽しく学校行っているわ」
双子との会話にちょっとズレを感じた。
気にならない程度のズレを。
「……仲の良い友達とかいるのか?」
説明できない違和感を感じつつ、無難な質問をしてみる。
「優里がいるからいらない」
「優愛がいれば良い」
……この二人は自分の思っていたような可愛いものではなかった。
この二人は他所を必要としない分、お互いに依存しているんだ。
「……でも、それじゃ物足りないんじゃないか?」
それでも、言えることを伝えたい。
見ていてとても不安になるから。
兄として心配になるから。
「世の中には色々な人がいるんだから、お前らが好む人間だってーー」
「好む人間?解らないのお兄ちゃん?」
「それは優里と」
「優愛と」
「「お兄ちゃんだけいればいいの」」
勉強の手が止まる。不安定だったものが、今致命的なものになった気がして。
背中に温もりを感じる。四つの手が服を掴む。それが少しくすぐったい。
「お兄ちゃん、私達魔法すっごい上手くなったんだよ」
長女の声が首もとから響く。それはとても無邪気なものだった。
「今だったらどんなことも出来るね、悠兄ちゃん」
次女の声が首もとから響く。それに邪気なんて欠片も無かった。
「だから、私達の物になって」
何故か昔魔法で分裂されそうになったことを思い出した。そして思い出した。
俺は今も昔も、その無邪気さがとても恐かったのだ。
†
魔法が効いたのか、お兄ちゃんは眠った。
私、優愛は興奮が止まらなかった。
やっとお兄ちゃんを自分の物に出来ると思うと、口元の歪みが止まらない。
あの頃を思いふける。
あの日、眠っているお兄ちゃんを横に優里とお兄ちゃんを取り合ってケンカしていた。その時私は思い付いた。
「お兄ちゃんをふたつに分ければ良いんだよ」
私と優里はお兄ちゃんを自分の物にして構って貰おうと、二人でお兄ちゃんを分裂させる術をかけた。
だけど失敗した。
未熟だった私達は上手く分裂出来ず、お母さんが助けてくれなかったらお兄ちゃんを人間じゃないものにしていた。
そのことは今でも反省している。
だけど、
今度は成功するよね?
†
私と優里はお兄ちゃんをベッドまで運んで術の準備を始めた。
「悠兄ちゃん、怒るかな」
「大丈夫だよ優里、上手く記憶操作するから」
人間の存在はひとつだ。何故なら心は脳から出来ているから。
言ってしまえば人間をふたつに分けるということは、人間を二人作ることだ。人間を作るということは臓器は勿論、脳を作る。人の心や人格、記憶をコピーすることを言う。
だから本来は親しい人間じゃないと理解が少ない分この術は失敗しやすい。でもお兄ちゃんのことは誰よりも知っているから大丈夫。
問題は脳のコピーだけど、そのままコピーしてはいけない。記憶がそのままだと、二人が体面したとき自己を失って人格が壊れちゃう。
だから『高木悠太は二人いる』という記憶を作らなければならない。その過程で不都合な記憶は消せば良い。
昔分裂させようとしたこととかね。
そうすれば私達を嫌う理由は無くなるし、お兄ちゃんは私達の物になる。
……ずっと欲しかった。嫌いだと口では言う癖に、ずっと相手をしてくれたお兄ちゃんが。
お兄ちゃんの目も、お兄ちゃんの鼻も、お兄ちゃんの唇も、お兄ちゃんの手も、お兄ちゃんの足も、お兄ちゃんの声も、お兄ちゃんの心臓も、
全部、私の物になるんだ。
†
……夢を見た。
俺、高木悠太が双子に分裂されそうになって未遂で終わった後、母に呼ばれた時の夢だ。
いつも奔放主義の母がその時は怒っていた。その事で双子が反省したか微妙なところだが、俺に対してはいつも以上に優しかった。
「あの子達は純粋よ。純粋故に傷付けることに鈍感なの」
「だけどあの子達を恨まないで。あなたはあの子達のお兄ちゃんだから、おおらかに受け止めてあげて」
「あなたはお兄ちゃんだから、抱き締めるつもりであの子達を愛しなさい」
だけど、その度に酷い目に遭わされたら持たないよ。
「その時は呪文を唱えて。魔法を無効化するとっておきの呪文よ。魔女の家系の男は魔法が使えない代わりに呪文で自身を守るの」
どんな呪文なの?
「それはーーー」
†
「……invalidation」
無意識に何かを呟いた。すると脳を囲っていた靄がじょじょに消え去り、クリアになる。意識は覚醒し、ベッドから起き上がる。
横では双子が驚いた顔でこちらを見ていた。まさか途中で術が解けるとは思ってはいないだろう。
「……お前らなぁ」
色々言いたいことはあるが、まず真っ先に言うべきはこれだろう。
「受験勉強の邪魔するなって言っただろうが!」
ちょっとキツめの拳骨をして、初めて妹を叱った。
†
「いってきます」
7時に起床し、今日はゆっくり身支度を整え自宅を出る。今日は珍しく早く起きた。こういう日もある。
昨日は目一杯双子に説教した。受験勉強を1日潰してまで効果があったかは解らないが、少しスッキリはした(いつも虐げられていたので)
魔女である前にあの双子はまだ小学生なんだ。間違って当然だし魔法という力があれば歯止めも効かないだろう。
だから、誰かが教えないといけなかったんだ。たとえ魔法でも、全て思い通りにはならないこと。魔法では人の心は手に入らないこと。そんな当たり前のことを早く言うべきだったんだ。
「待ってお兄ちゃん!」
「あたしたちも行く!」
……それらを理解するまでまだまだ酷い目に遭うんだろうなぁって思うと、憂うつだ。
†
「言っておくけど、私達も初めから皆と仲良くしなかった訳じゃないよ?」
一緒に登校中、長女が唐突に話を切り出した。
「クラスメイトとか?」
「うん。小学校に入って初めての同年代だったから張り切って話したけど、いつの日か気付いちゃったの。」
「あの人達とは絶対的に価値観が合わないって」
「………………そっか」
一般人と魔女。考えてみればそれらの価値観が同じ道理は無い。
こいつらは人の身体や心を弄れるのだ。そんな人間と一般人が同じ思想な筈が無いのだ。
それが子供なら尚更だ。
「私達を理解してくれるのは家族だけよ。それに私、お兄ちゃん大好きだもん。そんなお兄ちゃんが私達以外を好きになっちゃ嫌だもの」
「それで自分の物にしようとした……ね。だけど優愛」
「何?」
「誰かの物になるってことはそれは意思を無くすことなんだ。自分の思い通りにするために自由意思を無くす。俺はそれは嫌だ。お前らが自由に生きるように、俺も自由に生きたい」
「私達と共に生きてくれないの?」
「それは無理だ。いつまでも一緒なんて、出来ないんだ」
「…………そっか」
優愛は納得したような、しきれないような複雑な表情で答える。
だって、人は出会う生き物なんだ。出会う毎に心は更新される。古いものにいつまでも執着することは、成長しないことを意味するんだ。
だから俺なんかを代わりにするな。お前らの理解者は、生きていればその内出会えるんだ。
そんなこと、魔法を使わなくても出来るんだよ。
おわり
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