バレンタインチョコレート殺人事件

@munomuno

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 由美ちゃんが突然倒れたのは2月14日の昼休み直後、5時間目の途中のことだった。

 授業が中盤に差しかかったあたりで急に体調不良を訴え出し、保健室に行こうと立ち上がったところで貧血のような感じでふらっと倒れこんでしまった。そのまま保健室に連れられていったけど、顔色なんて真っ白で、クラスはまあまあの騒ぎになった。

 と言っても、私はその一部始終を見たわけじゃない。クラスが違うのかって? ううん、ただ私が目を覚ましたときにはすべて終わっていただけ。みんながざわざわしてるから起きたけど、そうじゃなければいつも通り授業が終わるまで寝てただろう。お腹いっぱいの5時間目に国語なんてやるほうが悪い。

 そのときは、バレンタインデーだからってチョコ食べ過ぎたのかなー、なんて私は思っていたし、きっとクラスのみんなも深刻に捉えてはいなかった。誰かが急にお腹を壊すことくらい、たまにはある。由美ちゃんはクラスの中心人物だから、みんなちょっと騒いでみただけだろう。

 でも、6時間目の終了を待たず、由美ちゃんはそのまま亡くなった。

 あまりにも呆気無くて、由美ちゃんと仲のいい子たちですらぽかんとしたままで泣くことすらしなかった。放課後のホームルームでそう告げた先生も、どういう顔をしたらいいかわからないみたいに見えた。ほんの2時間前まで、友チョコ交換会で一緒にはしゃいでたのに。由美ちゃんのガトーショコラ、おいしかったな。


 そういうわけで、ホームルームが終わっても解散とはならず、クラス全員教室で待機になった。先生が言うには、警察の人が来るまでは帰れないらしい。なんで警察が来るんだろう。この流れで警察なんて単語を聞くと、胸がざわざわとして嫌な感じがする。それはみんな同じみたいで、教室にはねっとりした沈黙がしばらく続いた。

 あんまりにも重い雰囲気なものだから、何人かがトイレを口実に抜けだしていった。トイレも禁止って言われたらどうしようかと思ったけど、さすがにそこまでは言わないみたい。私もそれに乗じて教室の外に出た。


 放課後だっていうのに、廊下に人は少なかった。どうやら、他のクラスも一旦教室待機になってるらしい。無言でトイレに向かって歩いていると、

「先輩」

 と声をかけられた。私をそう呼ぶのは文芸部の後輩だけだし、文芸部は慢性的な人材不足で後輩は1人しかいない。

「久保くん、なんでここにいるの? もしかして野次馬?」

 1年生の教室は1階だ。家に帰るならわざわざ私達の教室がある2階に上ってくる必要はないし、騒ぎを聞きつけてやってきたんだろう。

「野次馬っていうわけじゃないですけど……。でもまあ平たく言えばそんな感じです」

「趣味悪いよ」

「先輩のクラスで誰か亡くなったって聞いたんで、気になっただけですよ。でもなんでみんな教室に残ってるんです?」

「警察が来るまで待機なんだって」

「ふうん……」

 と言いつつ、久保くんも納得がいかないようだ。どうせ詳しく知りたがるに決まってるので、事のあらましをかいつまんで聞かせてやった。カクカクシカジカ。

「由美さんの死因はまだ知らされてないんですよね? とするとやっぱり事件性がありそうな感じなのかな」

「そんな雰囲気だけど、実際のところは全然わかんないなあ。嫌になっちゃう」

「まあ、バレンタインって、毒殺にはある意味うってつけですよね、よく考えてみれば」

「え?」

 いきなり何を言い出すんだ。ちょっと発想がサイコすぎないか。

「だって、不特定多数でチョコを持ち寄って交換しあうわけじゃないですか。友チョコの交換で相当たくさん食べるだろうし、誰か1人が毒を混ぜ込んだりしても発覚しにくいですよね、たぶん。いちいち誰が誰のチョコを食べたかまで覚えてないだろうし」

「まあそう言われるとそんな気もするけど……」

 そんな言い方するとバレンタインがかわいそうじゃないか。

「そういう可能性もあるって話ですよ。もしこれが殺人事件なら、最初に思いつくのは毒殺ですよね、ってことです」

 殺人事件。こうして改めて言葉にされると、悪い冗談にしか聞こえない。テレビのニュースと作り物のお話の中にしかないはずだった遠い世界のものが、すぐそばで行われたのかもしれない。怖いというより、異物感のような気持ち悪さを覚えた。

「毒殺だとすると、一番疑わしいのは当然チョコレートですよね。先輩、昼休みに他のクラスの人とチョコを交換しましたか?」

 こいつはサイコ野郎なのでそういう感覚とは無縁らしい。謎解き気分で悦に入っているってわけでもなく、世間話みたいに話してくるからこっちもつい付き合ってしまう。

「してないよ。他のクラスの友達には放課後渡すつもりだったから」

 うちの高校の昼休みは短い。昼休みは主にクラス内でチョコを持ち寄るのが、いつの間にか暗黙の了解になっていた。

「ということは、容疑者は先輩のクラスの女子15人くらいですね。男子で持ってきてる人はたぶんいないでしょうし、いたとしても目立つので犯人とは考えにくい気がします」

「男子は誰も持ってきてなかったよ」

 あいつら、バレンタインだけしっかりもらってホワイトデーは知らん顔してるからね。

「容疑者が絞られたので、次は毒を盛った方法が問題ですね」

「方法? 手作りした人なら誰でも入れられるじゃん」

「『どうやってチョコに毒を入れたか』じゃなくて、『どうやって由美さんにあげるチョコに毒を入れたか』です。大勢で分け合う交換会で、どうやって由美さんを狙ったのか」

「由美ちゃんを狙ったんじゃなくて、誰でもよかったっていうのは?」

「誰でもいいなんていう愉快犯なら、もっとたくさん『当たり』を作って絨毯爆撃しそうな気がしません?」

 完全に想像で物を言い始めた。どうせ仮定だらけの世間話だから、つっこんでもしょうがないけど。

 それに、サイコ野郎が愉快犯を語るとちょっと説得力がある。

「狙って食べさせたって言うんだったら、チョコを個包装するのが簡単かな。1人分を小分けにして持ってきてる人は結構いたし。1人1人に個別のメッセージカードとか入れてる子もいた」

「そうですね、それが一番簡単っぽいです。というか、たくさんのチョコの中から特定の1つを掴ませるのは、個包装しなくちゃかなり厳しそうです」

「確かに。じゃあ容疑者は個包装組に絞れるね」

 と言った私に対し、久保くんは

「うーん……」

 と煮え切らない様子だ。そして、少し間をとってから話し始めた。

「先輩、ここから先はここまで以上に僕の想像、というか妄想です。そのつもりで聞いてください」

 大丈夫。最初から妄想のつもりで聞いてるよ。

「先輩は容疑者は個包装組だって言いましたけど、むしろ逆だと思うんです。個包装のほうが毒が盛りやすいなんて、ちょっと考えればわかることです。犯人はむしろ、個包装はしていないように見せたいはず」

「でも、個包装しなくちゃ毒が盛れないって言ったのは久保くんじゃん」

「そうです。だからあくまで、犯人は『教室内では個包装していないように見せただけ』なんです。きっと1つだけ用意した毒入りチョコを、教室外で食べさせたんだと思うんです。

 おそらく犯人は、みんなが登校する前の朝早くに由美さんを呼び出し、チョコを渡した。まあ、『みんなに渡す前に味見してほしい』とでも言ったんでしょう。由美さんとかなり仲がいい人だったのかもしれません。

 犯人は遅効性の毒を使い、由美さんが死亡する時間を昼休みより後に調整したんでしょう。

 さっきも言ったけど、これはただの妄想です。でも、もしこれが正しいか知りたければ、由美さんが食べたチョコレートの包み紙を見ればわかると思います。由美さんが捨ててなければですけど。

 昼休みに食べたチョコは、暖房のきいた教室に半日置いてあったわけなので、若干溶けているはずです。朝食べたチョコがあれば、その包み紙にはほとんど溶けたチョコなんてついてないんじゃないでしょうか」


 後日、警察が本格的に捜査に乗り出し、あっさり犯人は捕まった。逮捕されたのは、由美ちゃんと一番仲が良かった女子だったらしい。

 ちなみに、由美ちゃんが食べたチョコの包み紙には、確かに溶けたチョコが少しだけついていた。1つを除いて。


 なんてミステリーを書いたら、バレンタイン中止になったりしないかなー、と私はため息をついた。

 目の前には作りかけのチョコレート。今日は2月13日。

 毒はもちろん、入れていない。

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