最終話 おかたづけ

 日本語木っ端微塵の怪文を、せっせと研ぐ作業を見ていただきました。芯まで真っ赤っかに錆びていますから、ご覧の通りで研いでも研いでもきれいになりません。それを、ひでえなと笑い飛ばすのは簡単です。

 でも。笑っているわたしたちは、研がなくてもいいくらいきちんと日本語を使いこなせているでしょうか。現状を見る限り、わたしも含めてまだまだ改善の余地ありと言わざるを得ません。そうなるのは教育云々の問題ではなく、日本語が習得の難しい複雑怪奇な言語だからだと思うんです。


 日本語の難しさは、ジャンクメールの生成に使われたであろう機械翻訳文の出来からも分かります。機械翻訳で和文を英訳する場合はまだマシで、英文を和訳すると「なんぼなんでもひどすぎる」という代物になってしまうことがすごく多いんです。日本語に不慣れな外国人が詐欺メールで日本人を騙すのは、相当難しいということですね。

 今回ネタにした、あまりに出来の悪い詐欺メール。さすがに、あんなのにひっかかる日本人は一人もいないでしょう。横文字アレルギーのある人が多い上に、ぐちゃぐちゃのローマ字表記だと文意が全く取れませんから。すぐゴミ箱に放り込まなかったのは、へそ曲がりのわたしくらいかもしれません。


 しかし、『ナイジェリアの手紙』と呼ばれるこのタイプの詐欺メールは、現在でも形を変えてまだ出回っています。


 莫大な財産を保有している死期の迫った未亡人。生きているうちに資産を慈善団体に寄付したいが、法定相続人である親族に行動を見張られていて自力で資金を動かせない。もしあなたが手続きを代行してくれれば、遺産の一部を謝礼として支払う。そんなシナリオの日本語ジャンクメールは、今でも着弾します。日本版のナイジェリアンレターですが、文面はきちんと推敲されていて破綻がありません。

 オリジナルの方は、資金移送に必要な手数料としてカモに振り込ませた小金を詐取するんですが。今も出回っている国内版は、連絡先を出会い系サイトに指定してポイントを買わせるという手口に変わっています。どちらも、被害額はせいぜい数万円というところでしょう。騙し取られた分を取り返す費用の方が高くついてしまうため、ほとんどの場合泣き寝入りになります。そこが彼らの狙い目なんです。


 この手の詐欺メール。ひどく非効率に見えますが、そうでもないんです。送信先が一千万件あっても、アドレスリストが整っていれば発信は一瞬で終わります。送信にかかる時間と費用はほとんどゼロ。それにひっかかる人がたとえ0.001%しかいなくても、カモが百人いることになります。その百人からそれぞれ数万円巻き上げれば、労せずして数百万円が懐に入るんです。彼らにとっては文面なんかどうでもよくて、ガードの甘い人をあぶり出せればそれでいいということなんですよね。


 ぱんぴー相手の小額詐欺はローリスク、ローコスト。これからも、増えることはあっても減ることはないでしょう。みなさん、オカネに絡む怪しいアプローチには十分ご用心ください。


 ちなみに。ナイジェリア詐欺のグループは、2005年のイグノーベル文学賞を受賞しています。『大胆な短編シリーズを創作して電子メールで数百万人の読者に配信し、大勢の個性豊かな人物を紹介した事に対して』だそうです。



【おしまい】


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こわれたにほんご 水円 岳 @mizomer

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