決断の時・4


 ――泣きながら目が覚めてしまった。


 まだ暗いのに、エリザはベッドから這い出した。

 凍りついた窓をガタガタ揺らして窓を開ける。窓辺に積もった雪を手に取り、真っ赤に脹れ上がったまぶたに乗せた。

 充分に覚悟は付いたはずなのに、夢は正直だった。



 寝付けないでいると、いつの間にか枕元にサリサが立っていた。しっと口元に指を当てている。

「な、何事ですの?」

 慌てて起き上がったエリザに、サリサは真剣な顔をして言うのだ。

「エリザ、一緒に霊山を降りましょう」

 耳を疑ってしまった。

「え? でも……」

 戸惑いがちにエリザがしていると、サリサはそれを無視して、エリザの身の回りの物をまとめはじめた。

 とてもいつもの最高神官とは思えない。何か、とても焦っているようにも見える。

 引き出しを勝手に開けて、適当な服を何着か持ってきた袋に押し込んだ。さすがに、それを見られるのは恥ずかしい。

 エリザは慌てた。

「サリサ様、それって……」

「私……いえ、僕にはもうこのようなバカげたところはごめんです。僕らは、普通に幸せになる権利がある。違いますか?」

 サリサが何を言っているのか、エリザには理解できなかった。

「え? でも……」

「でも、はありません」

 はっきりしないエリザの言葉を途中で切って、サリサはエリザの手を取った。

 今まで見たことのない真剣な瞳に、エリザは見入ってしまった。

 強引とも言えた。

「あなたも僕も、はっきりするべきだ! 自分の気持ちに正直になりましょう」

 正直に……。

 そう言われて、じわりと目頭が熱くなった。

「僕は、あなたを愛しています。あなたを失うくらいなら、最高神官の地位を捨てます」

 聞いてはいけない言葉を聞いてしまった。

 それは許されないこと……そう言おうとしたのに、涙がぽろぽろこぼれて、同時に全く別の言葉が唇から漏れてしまった。

「うれしい……サリサ様」


 ――そこで夢が覚めてしまったのだ。



 窓から冬の刺すような冷たい朝の空気が入り込み、白い霧となる。

 エリザは熱った体を冷やした。

「バカな夢、見ちゃった……」

 涙と雪が交じり合って、エリザの顔をぬらしてしまう。

 このようなおかしな夢が、時に霊山の気と同調し増幅されて、エリザには扱えないどうしようもない巨大な力となる。そして、いろいろな禍を引きおきしてしまう。

 せっかく助けたマリを殺そうとしたり、最高神官に迷惑をかけてしまったり、妊娠騒動に巻き込んで仕え人たちを振り回したり……。

「もう……おかしな夢なんて、見ちゃ駄目よ。エリザ」

 自分に自分で言い聞かせて、エリザは窓を閉じた。



 フィニエルが入ってきたときには、エリザはもう落ち着いていた。

「今日は寒いようですね」

 普段と変わらない物言いでフィニエルが言っても、ええそうね、と返事ができた。

 部屋は、もう外と同じ温度になり、エリザの体は冷えきっていた。

 鏡に写った姿は、青白くて人形のように生気がない。ふと、息をつくと白い煙となって、鏡像のエリザの姿をにごらせた。

 体の震えは寒さのせい……。

 かすかに触れるフィニエルの手が、まるで火箸のように痛く感じる。

 氷のように冷たい肌に朝の祈り用の衣装を纏わせて、フィニエルは言った。

「今日で朝の祈りも最後となり、私のつとめも明日までです」

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