銀の子供・4



 すべての検査が終了した。

 エリザはベッドに横たわったまま、おなかに手をあて、時々ぽんぽんと動く様子に微笑んでいた。

 こんなに元気な子供がいるのに、今更再検査するなんて、おかしい。

 子供の健康診断……とでも考えればいいのかしら?

 目をつぶれば、夢に出てきたあの銀色の男の子が、エリザを見て微笑んでくれるのだ。

 ずっと目をつぶっていたい……エリザはそう思った。


 扉が開く音がする。

 困った顔をした医師と怒った顔をしたフィニエルが並んで入ってきた。

 エリザが微笑むと、医師は泣き出しそうな顔をした。

「あの……エリザ様、実は…ですね、あの……」

 歯切れの悪い医師を押しのけ、フィニエルが言った。


「あなたは妊娠していません」


 エリザは、目をぱちくりとさせた。


 はぁ?

 フィニエルったら、何を言っているの?

 この子、こんなに元気で動いているのに……。


 今度は医師がフィニエルを制して説明を始めた。

「いろいろな検査を行った結果、エリザ様は妊娠してはいないとわかりました。こちらの資料を見てください。これは、私があなたのおなかの中を念写したものですが、何もそれらしき影はありません。それに、こちらの資料は……」

 エリザは、まだきょとんとしたままだった。

「でも、私、感じるんです。あ、ほら! 今も動いた! ほら」

 医者はそっとおなかに手をあて、そして悲しく首を振った。

「エリザ様。ムテにそれほど早く成長する子供はおりません。早く成長してゆくものは……夢だけにございます」


「ゆ……め?」


 エリザは初めて動揺した。

 確かに夢を見た。でも、それは夢とは思えない夢だった。

「うそ! だって! だって今もこの子、動いて!」

 医師の手がおなかを押さえつけている。それと同時に、今まで動いていたはずの存在が、まるで息絶えたように大人しくなってゆく。

「止めて! 止めてったら!」

 エリザは叫んで医師の手を振り払った。

「子供はいません。動いてもいません。動いていたのは……あなたの夢が……」

 そこで医師の言葉は途切れてしまった。

 エリザがものすごい形相で睨んでいたからである。


「人殺し!」


 突然叫けばれたエリザの言葉に、医師もフィニエルも驚いて身を引いた。 

「人殺し! 人殺し! 私の子供を殺したわね! 今、今まで生きていたのに! 今まで! たった今、あなたが私の子を殺したのよ!」

 あまりの言葉に、医師は青くなり震えていた。まるで、エリザの言葉を認めてしまったかのような有様である。

 しかし、フィニエルは違った。

 固まって動けなくなっている医師を突き飛ばし、ベッドの上で泣き叫ぶエリザの腕をとり、顔を上げさせた。

「いい加減になさい! 子供なんて、妄想です!」

「妄想なんかじゃない! 子供はいたのよ、みんなで寄ってたかって、私の子供を殺して! 私の子供を返してよ! 返して!」

 いつもの非力さを感じさせない勢いで、エリザはフィニエルの腕を払い、枕を振り回して暴れ始めた。

「止めなさい! エリザ! あなたは霊山全体に暗示をかけているのよ! 離しなさい!」

 フィニエルは体を預けるようにして、エリザを押さえ込んだ。たぶん、初めてエリザを呼び捨てたにちがいない。

 しかし、エリザは何か別の力でも授かったかのような力で、フィニエルを跳ね返した。

 フィニエルの体は、びっくりするほど簡単に弾き飛ばされ、なんと壁まで飛んでいってしまった。

 ものすごい気が満ちている。

 それでも負けずに睨みつけるフィニエルに対して、エリザは噛み付くように言葉を投げつけた。


「フィニエルは私がねたましいんだわ! 子供を授かった私が!」


 その言葉を聞いた瞬間に、フィニエルの手が突き出される。

 とたん。

 カチッと音を立てたように、エリザが硬直した。

 逆に、コチコチに凝り固まっていた医師がくねくねとその場に倒れこんだ。まるで骨が溶けたかのようである。どうやらエリザの暗示が掛かっていたらしい。

 壁伝いに体をすべらせて、フィニエルも倒れこんでいた。

 最後に倒れたのは、エリザである。体を硬直させたまま、ベッドに身を沈ませていた。


「巫女姫の。大丈夫ですか?」

 一番最初に起き上がることができた医師が、フィニエルを助け起こした。

 いくら力があるとはいえ、もうすでに寿命が尽きているフィニエルである。今の強力な暗示のせいで、この場で骨になっても不思議はなかった。

 肩で息を整えながら、フィニエルはよろよろと立ち上がった。

「お恥ずかしいところを……」

 世捨て人とされている仕え人の間では、このような感情のぶつけ合いは、はしたないとされている。

 この医師に関して言えば、そのような考えはあまり持ち合わせないほうで、むしろ、フィニエルのほうがそのような考えに囚われているのだが。

「それよりも、巫女姫様は?」

 エリザはすっかり意識をなくしていた。

 死んだような顔は蒼白だが、やや安らかにも見える。

「恐ろしい……」

 フィニエルは呟き、乱れた髪に指を通した。

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