銀の子供・2


 同じ頃。


 サリサとエリザは密会中であった。

 昼の行をしているはずのサリサと、針仕事をフィニエルに習っているはずのエリザであったが……。

 だいたい、サリサは最高神官候補の時代から人を出し抜くのは得意中の得意。あの前最高神官マサ・メルの目すらすり抜けていたのだから、仕え人を欺いて昼の行を抜け出すなんて、実に簡単なことなのだ。

 それなのに、サリサのことを「清く正しい最高神官」と、エリザが思ってしまうのは、恋心ゆえの盲目というものである。

 エリザにとって、サリサは完璧な尊い存在なのだ。そこが間違いだと、仕え人のフィニエルが何度忠告しても、聞く耳持たぬのも恋ゆえだろう。


 香り苔の洞窟は、外の寒さを遮っているせいか、枯れた苔のかわりに冬に咲く白い小さな花がつぼんでいた。

「子供ができたら、巫女姫の母屋ではない場所に移り住むんですって。新しく建ててもいいし、前の方が使っていた家を再利用してもいいらしいんですけれど……私、新しいほうがいいです」

 頬をかすかに染めながら、エリザは夢心地に言った。

 横で目を細めながら、サリサは話を聞いていた。そっと伸ばした手がエリザの手と重なる。

 すこしだけ照れたのは一瞬、エリザはふっと目をつぶる。

 重なりあう唇――とても自然な行為になってきた。そっと離れたあとの表情も、以前のように避けられたりすることなく、微笑みあえる間になった。

 抱きしめても硬直することもなく、柔らかな頬をそのまま胸にうずめてくる。

「私、ここがいいです。この洞窟の片隅に部屋が欲しい……でも、そうしたら、香り苔も竜花香も怒って咲かなくなってしまうかしら?」

「大丈夫。きっと、仲良くできますよ」


 サリサは微笑んだ。

 ここにエリザが住む一年……。それはどのような日々だろう?

 時々昼の行を抜け出してここに降りてくれば、温かな家庭が待っている。

 それが毎日。当たり前の生活。


 エリザもうっとり考える。

 ここで煮炊きもしよう。得意料理は、霊山では腕を振るう機会はなかったけれど、ここでは別だ。

 仕え人たちの監視の目から逃れ、水入らずの日々が待っている。

 香り苔を枕に入れて、二人仲良く安らかに眠ろう。

 いや、三人だ。私たちは新しい家族になる。

 

 二人の妄想は続いていたが、サリサは忘れていないことがあった。

「エリザ……ありがとう」

 突然のお礼に、エリザは夢を断ち切られて目をぱちくりさせた。

「え? なんですの?」

「あなたは、私に失った夢を見させてくれるから……」

 少しだけ寂しそうに笑うサリサに、エリザは戸惑った。

「失った……なんて。これから……なのに」

「そうでした」

 サリサは、エリザのおなかの辺りに耳を押し付けるようにして、身を預けた。膝枕のような形になって、エリザはサリサの髪を指ですいた。

「夢はこれからですね。たくさん夢を作りましょう。長い命のよい思い出になるように……」

 そう言いながら目を閉じるサリサは、エリザのおなかの中の存在を確かめているかのようにも見える。

 銀糸の髪を撫でながら、エリザは思った。


 ――今、もしもあの子が何か答えてくれたなら、きっと私たちはもっと幸せになれる……。




 それから数日後のこと。


 フィニエルは、祭りの準備に余念がなかった。

 何度も子供を作った巫女姫を見てきている彼女である。手抜かりはない。

 もとより彼女は迷信など信じてはいないのだが、マサ・メルの四十五代目巫女姫がこの儀式を軽んじたばかりに、難産の末、自分も亡くなるという憂い目にあっているので、おろそかにはできないのだ。

 といっても、三十六代目巫女姫と三十九代目巫女姫も同じ過ちを犯したが、二人ともぴんぴん、しかも子供は立派な神官になっているのではあるが。

 一番の難問は、ムテではあまり好まれない赤という色を出す染料が、やや不足している上に、今が初冬ということである。村に降りて求めるという方法もあるが、そうすれば、まだ確信に至っていない巫女姫の妊娠を、ムテ中に広めてしまうことになりかねない。

 面倒だが、あちらこちらに少しずつ細かな注文をだして、目立たぬように集めなければならない。

 それもこれも……。

「はっきりしない医師に、早く確認するようにせかさなければ」

 フィニエルは呟いていた。


 その頃、この事態を面白くないといったふうに、ふてくされていた者がいた。

 癒しの仕え人である。

 彼女は、エリザの妊娠を笑い飛ばしたのである。少なくても、彼女の魔の力を持ってしての見解では、エリザの妊娠はありえなかった。

 しかし、いつもは誰しもがエリザの肩など持たないのだが、今回はそうならなかったのである。

 霊山の者たちは、マリと別れて号泣したエリザを見ている。

 その時こそ、皆、彼女を軽蔑するような目で見ていたのだが、内心同情もしていたのだろう。その感情の行き場が、今回のお祝い騒動に拍車を掛けてしまったに違いない。

「私は妊娠を認めない」

 と断言したにも関わらず、

「医師の者がそうだと言っているのですから……」

 と、誰も聞く耳を持たなかったのである。世を捨てた身で、あまり反論するのははしたないから、我慢はした。

 しかし、魔の力こそがムテのすべてであるのに、その不足分を補う医のほうを重視するなんて、やはり気持ちが収まらないのである。

 本当のことを白状すれば、彼女は医師とは表面上は協力しあってはいるのだが、気が合わないのである。


 時を少し置いた医師の部屋。

「なぜ、私が妊娠を肯定していることになっているんでしょうねぇ……?」

 では、していないのですか? と、巫女姫の仕え人に強く聞かれて、はっきり否定できなかったせいなのだ。

 ブツブツ文句を言いながらも、医師は自室で検査結果を分析していた。

 魔の力と医術をあわせた最新の技法――体内透視も試みた。

 だが、巫女姫の体には新しい命が宿っている気配はない。しかし、妊娠可能な状態にある女性ならば、必ず見られる周期というものがまったく止まってしまっている。


 これは、妊娠したとみるべきである。

 あるいは……。

 医師は腕組みをして固まってしまった。

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