フィニエルの憂鬱
フィニエルの憂鬱・1
私は憂鬱である。
このところ急に寒くなったせいか、湯気がより白くあたりを霞ませる。
いつものように湯浴みを手伝い、巫女に綿のローブを羽織らせようとして、手が止まってしまった。
「フィニエル?」
エリザ様が声をかけてきた。桃色の唇から吐息のような声だった。
「いえ、何でもありません。少し背が高くなったように思われましたので……」
エリザ様は少し微笑えむ。
「うふふ。実は少し伸びたみたい。部屋にね、こっそり印をつけているのだけれども……」
「まさか、柱に瑕などお付けになってはいらっしゃいませんね?」
「え?」
背が伸びても、やることは子供っぽいままである。
真っ赤になってうろたえる姿はどこにでもいる少女のようであり、私はおもむろに顔をしかめる。
「ご、ご、ごめんなさい。フィニエル、あの、私、どうしましょう?」
「まずは、ローブを羽織ってください。そのままでは風邪をひかれます」
裸でいることに初めて気がつき、きゃ! などと悲鳴を上げている有様。落ち着きがないというか、子供である。
とはいえ……。
やはり、大人になられたというか。艶っぽくなられた……というか。
おもわず手が止まってしまったのは、そのせいである。
それが、サリサ様の影響だとしたら……やはり憂鬱である。
私は、毎日必ず日誌をつけている。
巫女に関する覚書はもう三冊目に突入している。
これは趣味でもあるが、同時に医師の者や巫女姫を指導する他の仕え人たちの資料ともなるべきものだから、手は抜かない。ただ、あまり知られたくない部分は、記号を用いている。
机に向かい、今日の部分を書き終えると、何気に一冊目を手に取った。
エリザ様とのはじめての出会い。その後……なぜか半年と少し前のことなのに、かなり懐かしい感じがする。それだけ、あの方もがんばって成長なさったということだろう。
ページをめくる。
最初のほうには「×××○×△××」とある。
これは、私だけにわかる記号である。
×は、泣いた。○は、笑った。△は、ぼっとしていた。である。
泣いてばかりではないか?
しかも、感情の起伏が激しく、一日に何度泣けば気がすむのだろうと呆れたものだった。
次は「×△△○△×△」
つまり、ぼっとしてばかりである。ぼっと……の間に、ニマニマ笑うのが、エリザ様の特徴であり、しばらくはこのパターンが続く。
特に、サリサ様とお会いした後は重症である。
それから「○△○×○」
記号の数が減ったのは、それだけ落ち着いてきたことの証だろう。
サリサ様に対する想いがいい具合に勉強のほうに向いたせいもあり、熱心に励むようになった。
私も、エリザ様が巫女として様になってきた最近は、記号をつけるのをやめてしまった。
とはいえ……。
やはり、憂鬱になる。
エリザ様は、ご自分が霊山を離れるときが来ることを、忘れてしまっているのではないだろうか? サリサ様の巫女姫として仕えることが、永久に続くとでも思っているのでは?
エリザ様が一生懸命であればあるほど、サリサ様への純粋な気持ちが痛いほど伝わってきて、私は憂鬱になるのである。
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