霊山の聖母・12
翌々日、マリは使者に連れられて、山を下りていったという。
エリザは、マリを抱きしめて泣き出す有様で、仕え人一同のひんしゅくを買ったらしい。それでも、最後は笑顔で見送ったということだ。
サリサは、そのことを仕え人から報告を受けただけだった。
マリのかわいらしい笑顔や、合わせた掌の小ささを思い出して、もう一度会いたかったなぁと思う。でも、最高神官である身は、人前にあまりさらしてはいけないことになっている。
バカバカしいことだ……とは思うが、すぐには変わらないのが慣例というものだ。
再び、窓の向こうに癒しを学ぶ巫女姫の姿を見出す日々が続く。
今回の事件を乗り越えて、エリザは成長したと思う。
ほんの少し、大人っぽい顔をして授業を受けるようになった。それに、笑顔が優しく穏やかになった気がする。
かなり弱った体も少しずつ回復していると、フィニエルが報告してくれている。
あれだけのことができるのだから、サリサが思っていた以上に、エリザは資質が高いのかもしれない。大人になれば、まだまだ力は伸びてゆくだろう。
でも何よりも大きかったのは、彼女は自分の意思で巨大な力を押さえ込むことができたということだ。母親に子供を返そうと決心した瞬間、エリザから発されていた邪悪な魔は消えた。
エリザはやっとマリの母になったのかもしれない。
一度は失われかけた命を吹き込んだ母である。そして、子供を旅立たせることができたのだから。
サリサは、時々母親の面影をエリザに見ることがある。
子供のことに振り回されていて、いつもあたふたしていて、およそムテらしからぬ母だった。
あれだけそそっかしい人だったから、サリサ以外のしっかり者の兄弟は、早くに大人になったのかもしれない。
懐かしい家族を思い出して、サリサは微笑んだ。誰かが見ていたら、気持ち悪がるだろう。
「サリサ様、昼の行のお時間になりました」
あまりのタイミングのよさに、一瞬焦った。にやけた顔は見られなかったと思うが。
仕え人の声に呼ばれて、後ろ髪を引かれながらもサリサは窓辺を離れる。
エリザは、おそらく知らないだろう。
こうして、毎日、巫女姫の様子を見つめている者がいる……だなんて。
それははたして聖なる愛か? はたまた邪なる心か?
大好きな人をそばにおきたいのは当然。
幸せを願うのも当然。
でも、それが相反する望みだったとしたら?
サリサの力はエリザの力よりも、はるかに大きい。
もしも、邪心に囚われてしまったならば、エリザがマリを苦しめた以上に、サリサはエリザを苦しめてしまうだろう。
心は――制しなければならない。
それでも、たまにはあるまじき夢でも見ていたい。
失ってしまったものを取り返す夢。
エリザは、彼女に似合った幸せな家庭の中にいる。祈りの行をするのではなく、朝食を用意するのだ。
家族に囲まれて、自然に光の中で微笑んで過ごす。
そのような幸せな夢。
いつか、エリザは本物の『マリ』を手に入れるだろう。
それを与えるのは……自分であってもいいのではないか――
実に邪な夢である。
=霊山の聖母/終わり=
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