霊山の聖母・8


 あまりに意外な言葉に、サリサは開いた口がふさがらなかった。

 子供を助けたくてあんなに真剣になっているエリザが、どうして子供に魔の呪縛をかけなければならないのか? まったく納得がいかない。

「フィニエル、悪い冗談はよしてください」

 がっかりして、肩の力が抜けてしまった。

 しかし、フィニエルは大真面目な顔をして続けた。

「エリザ様には、充分な動機があるのです。しかも、自身の力を把握しきれていないために、無意識に魔を操っているのです」

「まさか」

「それに、あの方とサリサ様以外に、あれほどの力を放出できるものを知りません。霊山の者は、力はあれど、皆、メル・ロイです。尽きた寿命を使い切れば、骨となるだけです。命の危険を冒してまで、あの方を追い出そうなどとは、誰も思ってはいません」

「確かに。でも、だからといって、エリザが……」

 話をしているうちに、フィニエルはますます確信したのだろう。言葉がはっきりしてきた。

「いいえ、あの方の言葉を思い出してください。無理に子供に近寄ろうとしたとき、何とおっしゃっていましたか?」

 サリサは、興奮して自分をなくしてしまったエリザの姿を思い浮かべた。痛々しくて、思い出したくもなかったが……。

「たしか……『この子は誰にも渡しません!』と……あ!」

 ぎくりとした。確かに、エリザはそういった。

「そう、エリザ様は、マリを離したくはないのです。その想いが強すぎて、癒しとは反対の負の魔力を知らないうちに使っているのです」

「そんな……まさか?」


 とはいえ、サリサには思いあたる節があった。

 子供が倒れる前、エリザと別れたとき。我々はどのような会話をしたか?


 ――マリも、もう家に戻っても大丈夫かもしれませんね。

 ――マリ、お母さんのところに帰れるんだね?

 ――ええ、そうよ。もう少し元気になったらね。


 マリが元気になったら、エリザはマリを手放さなければならない。


 しかし、それはあまりにも身勝手な話ではないだろうか?

 そう思ったときに、フィニエルが苦々しく吐き捨てた。

「本当に、あの方の精神的なもろさには、開いた口がふさがりませんわ! 身勝手にもほどがございます。思い込みが激しすぎるというか、妄想が激しいというか、それにまだ未成熟で操りきれない力を秘めていらっしゃるので、手に負えないのですわ!」

 サリサが疑問に思ったことを、フィニエルがすべて毒舌とともに吐き出してしまった。おかげで、サリサはエリザの弁護に回る羽目になる。

「あの人は、まだ子供なんですよ。しかも、身に余る力を期待されていて、常に緊張の中にあるのですから、仕方がないことです。力は、ちゃんと制御することを憶えればいいのです。それに……元を正せば、あの人を選んだ私にも責任があることですし」

 弁護しているうちに、サリサはだんだんエリザの心境になっていた。


 マリの前でしか、自分を出せないかわいそうなエリザ。

 せっかく手に入れたの心のよりどころ。それが、マリなのだ。

 しかし、マリを失うときにすら、わがままのひとつも言うことができない。

 霊山にきてからというもの、エリザは抑圧され続けているのだ。

 押さえ込んでいる願い事が歪んだ形で外に放出されてしまっても、どうして責めることができるだろう?

 いつも力になろうと思っている自分は、マリの半分もエリザの心を癒してあげることができない。


「サリサ様がどうであれ、あの方のやっていることは、もう犯罪の域ですわ。とにかく、ひとつふたつひっぱたいて、正気になってもらうしかありませんわ」

 サリサは慌てた。本当にフィニエルならば、それくらいはやりかねない。

 そのような荒療治にエリザが耐えられるはずがない。

「ま、待ってください。あの人をひっぱたくなんて、私が許しません!」

 無意識でやっていることを責めたって、エリザは途方にくれるだけだろう。どうにか、自分で自分のしていることに気がついてもらわなければなるまい。

「いいえ、サリサ様は、あの方の妄想の激しさに気がついてはいらっしゃらないのです。時に、今回の癒しのように、巨大な力を引き出すことにもなりましょうが、逆に負に働くと恐ろしいことにもなりかねません。あの方は、知らないうちに人を殺せる人ですわ」

「私が、そのようなことはさせません!」

 ついにサリサがぴしゃりと言い切ったので、フィニエルの悪態は途切れた。

「では、どうするおつもりなのですか?」

 やや皮肉をこめた口調で、フィニエルは言った。

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