最高神官の祠


 最高神官の仕え人は、かつてエリザに仕えていたこともある。

 正直気が合わず、大の苦手としていた。形式ばっていて、形から外れることを嫌う彼が、よくもフィニエルに説得されたものである。


 最高神官がどこに住んでいるのかは、エリザは知らなかった。

 さぞや立派なところにいるのだろうと思っていたが、自分の母屋の目と鼻の先、岸壁の中腹にある木造の掘っ立て小屋を見て、ぶっ飛んでしまった。

 その建物は、岩屋が狭くて付け足したような、本当に簡素なものだった。エリザは、そこを物置か薬草の乾燥所だと思っていた。

 それを読まれてしまったらしく、フィニエルがむっつりとした。

「ご自身を捨て去った身であります。贅沢をするはずがないでしょう?」

 思わず恥ずかしくなってしまった。

 エリザは、巫女である自分だけが、質素倹約を押し付けられていると勘違いしていた。最高神官の礼装は常に立派であったので、生活もそれにあわせて上質なのだと思っていた。

 そういえば、エリザだって選ばれる前は、巫女姫の行進のイメージしかなかったので、巫女姫とは贅沢できれいなお姫様と思っていたのだ。

 おそらくエリザだけではなく、巫女姫に憧れる女のたいていは、そのように思っているに違いない。

 よくよく考えてみれば、祠といくつかの建物しかない霊山のどこで贅沢ができるのだろうと、すぐに気がつく。ふもとの陶製の村のほうが、よほど立派な建物がある。

 そのようなことを考えているうちに、最高神官の掘っ立て小屋の前を通り過ぎ、奥にある洞窟にたどり着いた。

 最高神官の仕え人が、紙のような薄っぺらい表情で立っていた。

 その前を、フィニエルは軽く会釈して過ぎてゆく。遅れないように慌てて後ろをついていきながら、小さな声でかつての仕え人にお礼をいった。

「あ、ありがと……」

「サリサ様の命令とあれば」

 その一言を聞いて、エリザは妙に納得してしまった。



 洞窟はたくさん枝分かれしていて、迷わずに進むフィニエルに感心してしまう。

「私を誰だと思っているのです。最高神官の仕え人は、マサ・メル様の時代より、もうかれこれ百年近くもやっているのです」

 また、どうやらフィニエルに読まれてしまった。

 どうしてこれほど読まれてしまうのだろう? エリザが赤くなるまでもなく、フィニエルが種明かしをする。

「この場所は、霊山の気が一番濃いのです。ということは、おのずと我々の能力も増長するのです」

 それすらもわからないのですか? というような響きで言われると、悲しくなる。エリザには、自分の力が増長されているような実感はわかない。

 儀式の時のほうが、まさにその感じだったからだろうか?

 エリザの気持ちをくむこともなく、フィニエルはさらに奥へと進んでゆく。

 案内してくれた場所は、今までのところと空気が違う。

 ひんやりとした感触。高い天井。そして下に何かがある。階段が下方に続いていた。

 エリザは思わず見上げ、そして見下ろした。まるでカーテンのように銀の結界が見えている。風もないのに、人の気に触れて揺れている。

「ここは本来、最高神官の居住区の一部です。この先は、ますます魔力が強まります。気をつけてください。力は増長すると、調整が利き難くなります。振り回されて、吸収されてしまわないよう」

 エリザはフィニエルの言葉を聞いていなかった。

 この感覚は、そう、昨夜月に祈ったときに似ている。巨大な力が自分に降り注ぎ、それを……。

 ぴちゃん! と突然手の甲を叩かれ、エリザは我に返った。子供を落としてしまいそうだった。

「戻られましたか?」

 フィニエルが軽蔑したような冷たい目を向ける。

 もう少しで、霊山の結界に引き込まれてしまうところだった。

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