エリザの行進
エリザの行進
その後の巫女の行進は、何の美しさもないものだった。
最高神官の結界に包まれているとはいえ、病気の子供に誰も触れたがらず、巫女姫自らが子供を抱いた。
とりあえず村の若者が付き人として二人、エリザに付き添ったが、たいした役に立ちそうにもない。
伝書言の葉が放たれ、最高神官の意向が霊山に残る仕え人たちのもとに届けられたが、迎えが来るわけでもない。
エリザが子供を抱いて、登山するしかないのだ。
村を抜けるまでは、どうにか巫女姫の礼装を着ていられたが、なんせ重たい。子供も重い。
エリザは霊山への山道を上るのにすっかり汗をかいてしまい、人目が切れたところでヴェールを外した。
秋が深まりつつあるとはいえ、日中は暑さが残る。
癒しの力はあれど、祈る力、結界の力に劣るエリザにとって、ムテの霊山の山道は、普通の登山と同じである。
引きずるような衣装は岩場に引っかかり、刺繍は解け、挙句の果てに自分で長衣の裾を踏んで転ぶ始末。
フィニエルのありがたい忠告は、この山道では意味を持たない。
「大丈夫ですか?」
付き添いの者が声を掛けるが、子供を恐れて手を差し伸べてもくれない。
遠くから見ると、巫女姫は罪人のように重荷を背負い、付き添いは囃し立てる官吏のようにすら見えることだろう。
エリザは、ふうっとため息をついた。
ひどい格好である。
手も足も服も泥にまみれた。しかも動きにくくてたまらない。衣装に埋め込まれた金剛石と銀糸が重いのだ。
山道は厳しい。泣きたくなった。
ぼろぼろの布に包まれた子供が、ぼんやりと薄目を開けた。
銀色の瞳を見て、エリザは奮い立った。
――この子を助けなくちゃいけないんだわ!
エリザは一度、子供を岩の上に置いた。
そして、後ろに控えている付き添いの者が驚く中、いきなり衣装を脱ぎだした。巫女姫の衣装を着ているままでは、この子を救うことはできないだろう。
やや透ける絹の下着姿になると、再び子供を抱きしめた。そして、霊山の仕え人たちの控え所を目指して、再び歩き出した。
まだメル・ロイと化していない付き人たちは、目のやり場に困りながらも巫女姫のありがたい衣装を拾い集め、手一杯に抱えながら、エリザのあとをついていった。
伝書の一報を聞いて、ある程度の状況を把握していたはずの仕え人たちだが、反応は冷たかった。
控え所の門をくぐったとたん、何ともいえない重たい気が伝わってきた。子供の命うんぬんよりも、彼らは【祈りの儀式】の失敗が重要だったのかもしれない。
エリザは唇を噛みしめた。
仕え人たちは、確かに人形のように生気を感じないし、至らぬ巫女には意地悪だ。しかし、それは使命を一番に思うからであって、悪意からではない。
最近、少しだけまともになったエリザに対しては、態度も軟化してきたように思っていた。彼らも、命が尽きているとはいえ、優しい気持ちを持ち合わせているのだと、エリザは思い始めていたのだ。
だから、儀礼よりも命をとったことを、理解してくれるかも……などと、期待していた。甘かった……というよりも、わかってもらえない悲しみのほうが大きい。
小さな木戸である控え所の扉なのに、今日は何と重々しく見えることだろう?
それでも勇気を振り絞り、エリザは扉を開けようとした。
とたんに、空振りになる。
先に扉を開けたのは、中にいたフィニエルのほうである。
よろけたエリザの目の前に、ムテとは思えぬ仁王立ちで日を受けている。赤く見えるのは、やや傾いた陽光のせいではないだろう。
背後から伝わる気を遮断して、彼女は大きな声で怒鳴った。
「嘆かわしい! 祈りの儀式を中断させるとは!」
世捨て人とも思えぬ剣幕に、ほかの仕え人たちの気もしぼむほどだった。
いきなりの叱咤に、エリザは耐え切れず泣き崩れてしまった。
張り詰めていたものが、一気に切れてしまったのである。
「泣いている場合ではありません! あなたには使命がおありでしょう? それは最高神官の命令でもあるのです!」
そういうと、フィニエルはエリザの手から子供を奪い取った。
ざわざわとフィニエルの後ろに控えていた者たちが散ってゆく。あまりのフィニエルの態度に、圧倒されてしまったのだ。
居心地が悪そうに一人、二人と消えていった。フィニエルも冷たい一瞥を残して彼らの後に続く。
エリザは、惨めにも一人残された。
体力も気力も萎えはてて、エリザはぺたりと座り込んだままだった。
うろたえていた付き添いの若者が、恐る恐る近寄ってきた。しばらく躊躇したものの、巫女の衣装をエリザに掛けた。
巫女の衣装はずっしりと重たかった。その重さが、ほんの少しだけエリザを正気に戻した。
――あの子を……みなくちゃ……。
よろよろと服を羽織って、エリザは立ち上がった。無理やり笑顔を作って、若者二人にお礼を言った。
付き人二人は、何が起きたかわからぬままに、ぺこぺこ頭を下げる。やっと重い空気から解放された安堵感と、名残惜しそうな何か言いたげな表情をした。
明らかに、エリザに同情的だった。
しかし、二人は巫女姫に声を掛けることなく、来た道を引き返していった。
彼らの姿が見えなくなったとたん、再び涙が滝のように流れた。
留めることなどはできない。
巫女姫という振る舞いは、エリザにはやはり重すぎたのだ。
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