2
つつがなく終るはずの儀式は、ここにきて急転直下の大波乱を巻き起こしていた。
死にかけている者は、ムテの世界にもたくさんいる。
長命を誇るムテであっても、体は本来丈夫ではない。与えられた寿命を全うし、メル・ロイとなって旅立てる者は、むしろ祝福されるのだ。
病はもちろん、事故でも人は死ぬ。力を使い果たして寿命を費やす者もいる。
生きている者であれば必ず遭遇する死は、他の種族に比べるとまれなものではあるが、それでも確実に存在するのである。
死は、受け入れなければならない真実だ。
誰もが平等に受け止めるべき運命だ。
だからこそ、人々は死者を送り出す。蘇りを望んではならない。
なのに。
死ぬべき子供に、巫女姫が情けをかけるとは。
無礼な行為の報いが癒しとあれば、示しがつかない。人々はざわめきたった。
民衆から押し寄せてくる重たい気に、エリザは自分のしたことの大きさに気がついた。
はっとしたときにはもう遅い。涙に潤んだ女の目が、拝むようにエリザを見つめている。
女はエリザの手に子供を委ねた。とたんに子供が銀の光に包まれる。それをみて安心したのか、女は意識を失って倒れてしまった。
「誰か、この者に癒しを……」
最高神官の声が、すぐ横にいるのに遠くに聞こえる。銀の光は、流行病からエリザを守ろうとする最高神官の結界であった。
エリザの付き人たちが、走りよってきて女を抱えていった。
エリザは、赤黒くなってしまった子供を抱きしめながら、あたりの異様な雰囲気に飲まれ、呆然としてしまった。
人々の動揺は、恐ろしいほどにエリザを攻め立てていた。
――やってしまった! 失敗したのだ。
巫女姫の癒しは、平均に施されるべきもので、薬師や医師、山を下った癒しの巫女とは違うものである。それを何度も教わって、頭に叩き込んでいたはずなのに……。
でも、この子を助けたい。
エリザはすがるような目で横の最高神官の顔を見た。
昨夜、気を合わせたときに、エリザは力とともに最高神官の優しさを感じた。かすかな一体感の残骸の中に、子供を見てちくりと痛んだ、サリサの心を感じたような気がしたのだ。
しかし、彼はエリザを見てはいなかった。ただ、動揺する人々を見つめていた。
今は昨夜ではない。心はそれぞれの身に戻った。
心を感じた……などと思うのは、エリザの願望が呼び寄せた妄想に過ぎない。無意識に賛同を求めてしまったのだ。
最高神官は、この後先考えない行為に呆れてしまったのだろうか? 立場を考えれば、それもやむなしである。
「静かに……。巫女姫の情けは、今回は特別なものなのです」
水の中で響くようなこもった不思議な声で、最高神官は人々に話し掛けていた。
「本来、我々は特定の者を癒すことはありません。しかし、私は今回だけは特別に、巫女姫に助けの手を差し伸べるように命じました」
エリザは驚いた。
――最高神官の命令?
命じられたのではない。自分が勝手に、情に流されてしまっただけなのに。
「なぜなら、助けを求めているこの子供は、私と同じマサ・メルの孫にあたる。そして、強い力を秘めています。最高神官候補ともいえるムテの神官の濃い血を宿している者を、むざむざと死なせるわけにはいかないからです」
人々は一瞬どよめいた。
ムテの濃い血ほど貴重なものはない。
巫女制度すら、そのためのものである。濃い血を残すために、滅びに瀕しているムテの人々は、あらゆる犠牲を払っているのだ。
「巫女姫は、この子供のために一足先に霊山に戻ります。私は皆さんのために、姫の分まで奉仕を続けさせていただきましょう」
最高神官は、並み居る人々に深くお辞儀をした。
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