2
行列は、広場の前に達した。
螺旋に進む行進で、何度かエリザは中央の泉を見ることができたのだが、だんだん近づいて大きく見えるようになり、そしてやっとその前を通過したのである。
見物人が一番多いところだったが、終点も近い。やや、ほっとする。広場は文字通り広場で、急に視界が開けて明るく感じた。
だからといって、気が緩んだわけではないのだが……。
何気に視線を置いたところで、小さな男の子が列に飛び込もうとし、母親に引き止められ、怒られているのが見えた。
あ……と思った。
半べそになりそうな子供を、今度は父親が抱き上げる。子供は、眠たかったのだろうか? そのまま、父親の肩におでこをつけてしまった。
三人は、もう見物をあきらめたのか、広場に面した一軒の家に吸い込まれていった。
最後に一瞬だけ、振り返った母親と目があった。
何ともいえない慈愛に満ちたりた微笑み。彼女は軽く目を伏せて、満ち足りた幸せに感謝するかのように、巫女姫に敬意を示した。
家族なんだ……。
ぼんやりと思った。
小さな子供を押し留めるのは、自分。
泣き出しそうになる我が子を抱き上げるのは……誰だろう?
帰宅先は温かな家。日々、素朴ではあるが美味しい料理が出されるのであろう。
霊山にそのような風景があっただろうか?
休む部屋は何もない狭い部屋で、食べるパンはあまりに固くて味気がない。
接する人々は、すでに命の輝きを失った仕え人たちだ。彼らはまるで紙人形のように見える。
そして……ただ、血を守るために漆黒の部屋で抱かれ、それ以外には会うことも許されない想い人。
その人のために、エリザがしてあげられることは何もない。
巫女姫になるのは夢だった。
でも、好きな人ができたら、その人のためにお料理を作って、服をつくろって、そして子供ができたら、一緒に力を合わせて育ててゆくこともエリザの夢だった。
「お前には、平凡ながらも恋をして……愛し愛されて……」
母の言葉が思い出された。
子供を抱き上げた人の顔が、サリサに重なって思い出されたとたん、エリザはほろりと涙を流していた。
ちょうど巫女姫の行列が、祈り所に着いた時だった。
このような失態を叱りとばすフィニエルはいない。時を終えたメル・ロイでもある彼女は、霊山から出ることはできない。
仕え人たちよりも村の人々は優しく、突然のエリザの涙にとまどうばかりである。
「申し訳ありません。目、目にほこりが入っただけですから。もう大丈夫ですから……。ご迷惑をおかけしました」
エリザは慌てて涙を拭き、微笑んで見せた。
泣いたのが行進の最後でよかった。大きな混乱にはいたっていない。
ほっとしたと同時に、自分でも不思議に思ってしまう。
――本当にどうしちゃったんだろう? 私ったら……。
気が緩んだんだわ。しっかりしなくちゃ。
私は巫女姫。泣いたりしたら、皆、不安になっちゃうじゃない!
巫女姫一行は、散々打ち合わせした通り、祈り所の薄暗い闇の中に吸い込まれていく。エリザも輿を降り、今度は自分の足で歩き、祈り所の中へと入ってゆく。
フィニエルがいない分だけ、自分がしっかりしなければならない。エリザはあらためて自分に言い聞かせる。
ここで、衣装を踏みつけないよう……とは、フィニエルの言葉だった。
――大丈夫。夜、シーツをかぶって練習したもの。
その甲斐はあった。
重い衣装を持ち上げるよう背筋を伸ばし、エリザは練習の成果を披露した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます