行列は、広場の前に達した。

 螺旋に進む行進で、何度かエリザは中央の泉を見ることができたのだが、だんだん近づいて大きく見えるようになり、そしてやっとその前を通過したのである。

 見物人が一番多いところだったが、終点も近い。やや、ほっとする。広場は文字通り広場で、急に視界が開けて明るく感じた。

 だからといって、気が緩んだわけではないのだが……。


 何気に視線を置いたところで、小さな男の子が列に飛び込もうとし、母親に引き止められ、怒られているのが見えた。

 あ……と思った。

 半べそになりそうな子供を、今度は父親が抱き上げる。子供は、眠たかったのだろうか? そのまま、父親の肩におでこをつけてしまった。

 三人は、もう見物をあきらめたのか、広場に面した一軒の家に吸い込まれていった。

 最後に一瞬だけ、振り返った母親と目があった。

 何ともいえない慈愛に満ちたりた微笑み。彼女は軽く目を伏せて、満ち足りた幸せに感謝するかのように、巫女姫に敬意を示した。


 家族なんだ……。

 ぼんやりと思った。


 小さな子供を押し留めるのは、自分。

 泣き出しそうになる我が子を抱き上げるのは……誰だろう?

 帰宅先は温かな家。日々、素朴ではあるが美味しい料理が出されるのであろう。

 霊山にそのような風景があっただろうか?

 休む部屋は何もない狭い部屋で、食べるパンはあまりに固くて味気がない。

 接する人々は、すでに命の輝きを失った仕え人たちだ。彼らはまるで紙人形のように見える。

 そして……ただ、血を守るために漆黒の部屋で抱かれ、それ以外には会うことも許されない想い人。

 その人のために、エリザがしてあげられることは何もない。

 巫女姫になるのは夢だった。

 でも、好きな人ができたら、その人のためにお料理を作って、服をつくろって、そして子供ができたら、一緒に力を合わせて育ててゆくこともエリザの夢だった。

「お前には、平凡ながらも恋をして……愛し愛されて……」

 母の言葉が思い出された。

 子供を抱き上げた人の顔が、サリサに重なって思い出されたとたん、エリザはほろりと涙を流していた。


 ちょうど巫女姫の行列が、祈り所に着いた時だった。

 このような失態を叱りとばすフィニエルはいない。時を終えたメル・ロイでもある彼女は、霊山から出ることはできない。

 仕え人たちよりも村の人々は優しく、突然のエリザの涙にとまどうばかりである。

「申し訳ありません。目、目にほこりが入っただけですから。もう大丈夫ですから……。ご迷惑をおかけしました」

 エリザは慌てて涙を拭き、微笑んで見せた。

 泣いたのが行進の最後でよかった。大きな混乱にはいたっていない。

 ほっとしたと同時に、自分でも不思議に思ってしまう。


 ――本当にどうしちゃったんだろう? 私ったら……。

 気が緩んだんだわ。しっかりしなくちゃ。

 私は巫女姫。泣いたりしたら、皆、不安になっちゃうじゃない!


 巫女姫一行は、散々打ち合わせした通り、祈り所の薄暗い闇の中に吸い込まれていく。エリザも輿を降り、今度は自分の足で歩き、祈り所の中へと入ってゆく。

 フィニエルがいない分だけ、自分がしっかりしなければならない。エリザはあらためて自分に言い聞かせる。

 ここで、衣装を踏みつけないよう……とは、フィニエルの言葉だった。


 ――大丈夫。夜、シーツをかぶって練習したもの。


 その甲斐はあった。

 重い衣装を持ち上げるよう背筋を伸ばし、エリザは練習の成果を披露した。

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