巫女姫の行進

 ふもとの村は、白い陶の村である。

 ムテでは最も霊山に近く、大きく、閉鎖的なムテの中では比較的外に開かれた村で、一の村と呼ばれている。

 高温で焼かれた陶の板を積み重ねて作られた、きらびやかさはないが、質素で上品な平屋が並ぶ。噴水のある泉を中心に広場があり、高さの揃った家々が放射線状に配されていて、中心部はやや密集し、端に行くほどまばらになる。山の上から見ると、規則正しく配されているさまが見え、実に美しい村だ。

 山を降りて実際に歩いても、街並は美しいにちがいない。

 しかし、エリザはこの村をゆっくりと歩いたことはなかった。そのような自由は、巫女姫にはない。

 霊山の門でもあるこの村を歩いたのは、マサ・メルの葬儀の時だけ。あの時は、村の美しさを実感することはできなかった。

 悲しみに村中が染められていたからである。


 儀式の初日、巫女姫は初めて人々の前に姿を現す。

 この日のために、学び舎の者たちの中でも魔の力の強い若者が、巫女姫を守るために選ばれた。エリザは高貴な存在として、ムテの若者が運ぶ輿に乗せられて、この村を行進して歩くのだ。

 輿は白木製であり、長い年月の使用にもかかわらず、鮮やかな白を失っていない。全体がなだらかな曲線で組み合わされていて、派手な装飾は施してはいないのに、洗練された巧みさを感じる。

 繊細な姿に似合わず、しっかりとしていて、エリザが乗っても軋むことはなかった。白竜の革を張った柔らかな椅子が備え付けられていて、乗り心地もよい。

 輿が持ち上げられたときは、さすがに少し怖いと感じたが、多くの高貴な巫女を乗せてきた輿は、非常に安全性の高い乗り物だった。


 華やかな行進が始まった。

 けして広くはない村ではあるが、円状に連なる通りを回り、最終的には広場に至る。村中を回ることになるのだ。

 広場の一角に、祈り所はある。

 一角とはいえ、村の境まで続く大きな建物である。行列は、この祈り所に突き当たるたびに中心方向に移動し、一本内側の通りを今度は反対回りで再び進む。

 人々は、細い通りに張り付くようにして、広場ではお互いより沿いあうようにして、神々しい行列を一目見ようとしていた。

 隊列全員が白い長衣を纏い、一糸乱れぬゆったりとした歩調で歩いてゆく。

 三列目の者たちだけが、金糸で編み上げた袋を首から下げていた。そしてやはり一糸乱れぬ呼吸で、袋に手を入れ、再び出す。中には、様々な香り草を調合し粉にした『香気』が入っていて、彼らが手を空に躍らせるたびに、あたりに安らかな香りが舞った。

 七列目が、巫女姫の輿であった。

 この行列は、エリザの巫女姫としての資質を示すためのものと言い切っても過言はなかろう。人々の目が、巫女姫の輿にひきつけられてゆく。

 巫女姫は、輿からも流れ落ちるような長さの純白の衣装を着ていた。それには、銀糸で星を散りばめたような細やかな刺繍が施され、大きな星の部分にはさらに金剛石が埋め込まれていた。

 銀の髪には、金と銀を絡ませて金剛石をあしらったサークレットをはめ、その上に透き通る絹のヴェールをまとう。列の動きに合わせて、風も微かなのにさらりと舞う。

 色がなく華美な派手さはないが、仕立て細やかで、内側から染み出すようなまばゆさを持った衣装であった。

 立派な輿に乗った巫女姫は、本人の資質以上に光り輝いていた。


 エリザは、できるだけ平静を保とうと心がけていた。

 普段と違うということで、何かやらかしそうな不安を必死に抑えていた。巫女だから、ぎこちなさを見せてはいけないのだ。

 凝った衣装でかなりの重さはあるが、輿に乗っている分には問題はない。むしろ、エリザには背負ってくれている人たちの負担が気になってしょうがなかった。

 道沿いで並んでいる人々の目が、自分に釘付けになっているのを感じる。

 尊敬と憧れ。神に触れたような畏怖。そして幸せ。

 何のとりえもない平凡な少女であるはずの自分が、人々に与えるものの大きさに驚いて、エリザは正直戸惑っていた。

 打ち合わせでは、巫女姫としての威厳を保ち、俗っぽい態度はとらぬよう……と注意を受けていた。しかし、沿道から投げられる花束や微笑、祈りの声に感動してしまい、涙ぐみそうになる。

 それほど立派ではないのだけれど、人々の応援がうれしかった。

 つい、潤んだ瞳を人々に向け、手をかざし、笑顔で答えてしまった。

 人々の間から、歓声が響いた。


 村境に集まっている馬車は、見覚えがあった。

 かつて、エリザもそのような馬車に乗り、家族総出でマサ・メルを悼む儀式に参加したのだから。数日かかって村から出てきて、馬車の中で寄り添って眠った。

 あの時、深い悲しみを味わった。

 でも、回りがみんな悲しんでいるからこそ、エリザはどこかに希望を見出そうと思っていたのかも知れない。

 母や父の絶望を、村の人々の悲しみを、ムテの誰もが味わっている闇を味わいながらも、救いはあると信じていた。誰よりも弱い存在でありながら、皆を助けたいと思っていた。

 もちろん、エリザにできたことは何もなかった。

 辛うじていえば、道端で泣いている男の子に蜂蜜飴をあげて慰めたことくらいである。それだって、ほんの小さなことで、その子の慰めになったのかどうか、わかったものではない。

 今回も、一年の無事を願って多くの村からこの儀式のために、人々がここを訪れている。光の恩恵を受けたいがために。

 しかし、エリザは、今回はその演出の側にいた。

 そして、エリザを見るだけで、明らかに救われている人々がいる。


 ――そんなに、立派になったわけではないのに……。


 心から満ち足りた気分。と同時に後ろめたさ。

 沿道の人々に微笑み、時に手を振りながら、やや複雑な思いに捕らわれて、エリザの気持ちは動揺していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る