3
日々は過ぎ、その日がだんだんと迫ってくる。
準備も大詰めでますます忙しい。それが、来るべき日への期待と不安を呼んだとしても、何の不思議もない。
ムテの霊山のふもとには三つの村があり、持ち回りで会場を提供するのだが、今回は一番大きな一の村が担当だった。そこは、マサ・メルの追悼会の場ともなった大きな祈り所があり、エリザも行ったことがある。
ちなみに、エリザが巫女姫として選ばれた場所は、三の村の祈り所だったので、また場所が違った。
エリザはうれしかった。
ひとつは『祈りの儀式』では、人々の前を最高神官と手を繋いで歩くことができるからだ。
儀式のためではあるが、手を繋ぐどころか人前で会うこともできないサリサと、堂々と二人並んで歩くことができると思うだけで、エリザは幸せな気持ちになれる。
もうひとつは、儀式の準備と称して頻繁に最高神官と会うことができること。何せ、失敗は許されない大事な儀式である。綿密な打ち合わせと練習の繰り返しで日々が過ぎた。
練習はたいへんだった。
霊山にはあまり広い建物がない。屋外にも広い空間はない。
しかし、祈り所は広いのである。狭い空間を広く見立てて練習をするしかない。
「サリサ・メル様は、あれはわざと間違えているのです」
フィニエルがいらいらと一日を振りかえって言う。
「え? なぜですの?」
エリザは寝衣に着せ替えられながら聞いた。
「ずるいところがおありだからです。おわかりになりませんか?」
エリザは真っ赤になってうつむいた。
そう言われれば、最高神官とは思えない失敗の連続だった。
エリザでさえも間違えないような箇所を何度も間違えた。最初は右手と左手を取り違え、次は右足からを左足から出した。
でもまさか、何度も手を取りたかったから? ではないだろう。
総練習では、歩数が合わず大接近してしまったことが二度。
きれいに揃ってほっとしたのはつかの間、本番では階段から落ちているだろう場所での遭遇が一度あった。
その度に儀式担当の仕え人たちが右往左往し、サリサとエリザに何度も説明しなおすのだ。サリサは、歩幅の調整が難しいなどと難癖をつけ、微調整させたりした。
おかげで総練習は三度も余計にやる羽目になり、サリサとエリザはずっとお互いのそばにいることができた。
「何事も予定通りに行かないのは、困りますのに」
「でも、一生懸命……でしたわ」
「そう見えるよう調整しているから、儀式の仕え人たちも何も言わないのでしょう。でも、私は騙されません」
フィニエルは、最高神官をややひねた目で見るところがある。
ほかの仕え人たちは、前最高神官マサ・メルと比較することはあっても、サリサ・メルにはそれなりに敬意を表している。
ところがフィニエルときたら、サリサをまるで子供扱い、しかも、人間性すら否定することもあるので、エリザは時に驚いてしまう。
――あんなに素晴らしい人なのに……なぜ?
エリザの頭の中には、慈愛に満ちた人柄と、霊山の知識と技をすべて把握した、偉大な最高神官であるサリサ・メルの姿しかない。
フィニエルの淡々とした分析ぶりに、エリザは反発を感じることもある。
むきになって反論することもあるが、フィニエルにやりこまれる前に自滅することが多かった。頭に血が上ると口が利けなくなるという性質と、反論に必要な情報を持っていないせいである。
お互いをよく知り合うほどに、サリサとエリザは一緒にいることが多くはない。
時には、フィニエルが自分の知らないサリサを知っていると感じて、悲しく思うエリザなのだ。
でも、最高神官の失敗はエリザと一緒にいたいからだ、という今回のフィニエルの説は、ちょっとだけうれしいかもしれない。
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