日々は過ぎ、その日がだんだんと迫ってくる。

 準備も大詰めでますます忙しい。それが、来るべき日への期待と不安を呼んだとしても、何の不思議もない。

 ムテの霊山のふもとには三つの村があり、持ち回りで会場を提供するのだが、今回は一番大きな一の村が担当だった。そこは、マサ・メルの追悼会の場ともなった大きな祈り所があり、エリザも行ったことがある。

ちなみに、エリザが巫女姫として選ばれた場所は、三の村の祈り所だったので、また場所が違った。


 エリザはうれしかった。

 ひとつは『祈りの儀式』では、人々の前を最高神官と手を繋いで歩くことができるからだ。

 儀式のためではあるが、手を繋ぐどころか人前で会うこともできないサリサと、堂々と二人並んで歩くことができると思うだけで、エリザは幸せな気持ちになれる。

 もうひとつは、儀式の準備と称して頻繁に最高神官と会うことができること。何せ、失敗は許されない大事な儀式である。綿密な打ち合わせと練習の繰り返しで日々が過ぎた。


 練習はたいへんだった。

 霊山にはあまり広い建物がない。屋外にも広い空間はない。

 しかし、祈り所は広いのである。狭い空間を広く見立てて練習をするしかない。

「サリサ・メル様は、あれはわざと間違えているのです」

 フィニエルがいらいらと一日を振りかえって言う。

「え? なぜですの?」

 エリザは寝衣に着せ替えられながら聞いた。

「ずるいところがおありだからです。おわかりになりませんか?」

 エリザは真っ赤になってうつむいた。

 そう言われれば、最高神官とは思えない失敗の連続だった。

 エリザでさえも間違えないような箇所を何度も間違えた。最初は右手と左手を取り違え、次は右足からを左足から出した。

 でもまさか、何度も手を取りたかったから? ではないだろう。

 総練習では、歩数が合わず大接近してしまったことが二度。

 きれいに揃ってほっとしたのはつかの間、本番では階段から落ちているだろう場所での遭遇が一度あった。

 その度に儀式担当の仕え人たちが右往左往し、サリサとエリザに何度も説明しなおすのだ。サリサは、歩幅の調整が難しいなどと難癖をつけ、微調整させたりした。

 おかげで総練習は三度も余計にやる羽目になり、サリサとエリザはずっとお互いのそばにいることができた。

「何事も予定通りに行かないのは、困りますのに」

「でも、一生懸命……でしたわ」

「そう見えるよう調整しているから、儀式の仕え人たちも何も言わないのでしょう。でも、私は騙されません」

 フィニエルは、最高神官をややひねた目で見るところがある。

 ほかの仕え人たちは、前最高神官マサ・メルと比較することはあっても、サリサ・メルにはそれなりに敬意を表している。

 ところがフィニエルときたら、サリサをまるで子供扱い、しかも、人間性すら否定することもあるので、エリザは時に驚いてしまう。


 ――あんなに素晴らしい人なのに……なぜ? 


 エリザの頭の中には、慈愛に満ちた人柄と、霊山の知識と技をすべて把握した、偉大な最高神官であるサリサ・メルの姿しかない。

 フィニエルの淡々とした分析ぶりに、エリザは反発を感じることもある。

 むきになって反論することもあるが、フィニエルにやりこまれる前に自滅することが多かった。頭に血が上ると口が利けなくなるという性質と、反論に必要な情報を持っていないせいである。

 お互いをよく知り合うほどに、サリサとエリザは一緒にいることが多くはない。

 時には、フィニエルが自分の知らないサリサを知っていると感じて、悲しく思うエリザなのだ。

 でも、最高神官の失敗はエリザと一緒にいたいからだ、という今回のフィニエルの説は、ちょっとだけうれしいかもしれない。

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