外の世界

 私は不随意運動と共に自分の世界に戻ってきた。


 そして、目覚まし時計の正体は声ですぐに分かった。


「おい、騒がしかったようだが、何かあったか」


 彼は上司だ。私の動きを不審に思って声をかけてきたのだろう。


「いえ、何もないです。観察も順調です」


「そうか。さっさと報告書を出せよ」


「わかりました」


 私は異常がないと嘘をついて、この場をやり過ごす。ばれると面倒なことになると思ったからだ。始末書など書きたくない。


 そのまま何もなかったかのように近くの椅子に座り、パソコンを走らせ、報告書を作る。私が先ほどまで入り込んでいた世界についての報告書だ。


 ありのままの事実を数枚の紙に詰め込む、そんな機械的な仕事を前にしたからか、何かを思い出したように私の頭の中の歯車が回りだした。


 私の世界の真実、それが想起される。


 私の生きる世界は今、新しい段階に来ている。今は食料不足、資源不足、そういった先人たちの残した問題のツケが回ってきた時代だ。


 今までは資源不足等の問題に対して、新しい資源を見つける、科学の力で資源を開発する、とにかく節約させる、この程度の対処法しか行ってこなかった。


 しかし技術革新にも限界が訪れ、私たちの道は断たれ、片手で必死にしがみつくことしかできなくなった。絶体絶命だ。


 この状況であらゆる問題を解決する最適な方法が、消費量を減らすことだった。発想の転換といえる。相手をどうすることもできないのなら、自分たちが変わるしかない。人類の英知はとうとう自分自身を犠牲にした。


 かといって人口を減らすなどは言語道断。繁栄を抑えては元も子もない。


 それらを一気に解決する計画が、人類の縮小化。人類を全て小さくすることで、相対的に資源、食料、土地、あらゆるものを巨大化させようというものだ。もちろん段階的に進める必要がある。

 

研究者や世界の要人などは最後か、もしくは縮小されない。皆が縮小されては、今までの世界と縮小された世界の差異を調整する人がいなくなるからだ。


私はその縮小化計画の研究者の一人だ。今日は私の担当の縮小化世界を観察していた。観察し報告すること、それが現在の私の仕事だ。


 半球内の異様な環境は全て、人の手がかかった故である。四角い家も草木も川も縮小化計画の研究の賜物だ。食料の箱は、縮小世界のために開発された特別な食料だ。


 米粒程度の人間が必要な栄養をとれるように開発された。それを私が日に何度か提供している。担当の世界への食料調達も仕事の一つだ。


 つまり、先ほどの世界の住民にとって、神にあたるのは私のことだったのだ。


 私のいる研究所には、他にも多くの世界がある。いずれはこれらの世界同士をつなげてさらに大きな世界を造る。もちろん最終的には、人類のほとんどを縮小世界の住人にする。そうすれば、私たちはまだまだ長く生きていられる。


 辺りに誰もいなくなったところで、もう一度ヘッドフォンをつけ、半球世界に入り込む。あの後どうなったのか個人的に観察したい。




「見たかあのでかい手を! 神様だ!」


「神様が助けてくれたんだ!」


「感謝します神様!」


 驚いたことに、住人が皆こうべを垂れていた。地面に頭をつけ、感謝の言葉を延々と繰り返す。


 私の行動が、彼らの神に対する忠誠心を焚きつけてしまったようだ。


「どうして川に入ったんだ! もう少しで死ぬところだったんだぞ!」


「川の向こう岸に箱があったから…橋が遠かったから川を渡った方が早いと思って…ごめんなさい…!」


 子供が泣きながら川に入った理由を話していた。父は子供をしっかりと抱きしめている。周囲では彼らの家族らしき人達が涙ながら見守っていた。


「もういいんだ…ごめんよごめんよ…早く家であったまろう」


「うん…!」


 目の前の親子愛に私の目頭が熱くなる。


「神様にしっかりとお礼をしような」


「うん! ありがとう神様!」


 彼らは私に感謝の言葉を述べる。


 私は自分が姿を見せてしまったことを後悔した。ここまで崇め奉られると、申し訳なさを越えて、空の吐き気に襲われる。


 私は神様ではない。預言者でもない。ただの研究者で、彼らは同じ人間だ。同じ人間なのにもかかわらず私は彼らを支配し、同じ人間なのにもかかわらず、彼らは私を崇拝する。


 偽物のブランド品を本物だと信じて喜んでいる他人をみたときの、気持ち悪いほどのもどかしさ。


 自分では粗悪な失敗作だと思ったレポートが褒められたときの、自分と他者の差にむせかえるあの感じ。


 私を襲うのは、そのような名状しがたい不快感の塊だ。


 頭を抱えながら水を一杯飲む。深呼吸して落ち着きを取り戻そうとするが、思考は広がり、私の存在そのものへと昇華する。


 半球内の彼らには宇宙という概念はなく、手を伸ばしても届かない星々はない。その代わり、彼らの世界には壁という明確な終わりがある。それこそが彼らの世界と私たちの世界との根本的な違いだ。


 私たちの世界の内には地球があり、外には宇宙が広がる。この内外関係が安定しており、宇宙の外などという未知の領域に普通は目を向けない。


 対照的に考えると、半球内の彼らにとっての内は半球世界全体であり、外に位置づけられるものはない。つまり内外という概念自体が彼らの認知には存在しない。存在してはいけないのだ。


 ここで、私の存在を今一度考えよう。

 半球内の人々にとって、彼らが足をつける大地そのものが世界全体だと認知されていたにもかかわらず、外の私が接触してしまった。そして彼らは「神」という外の世界を知ってしまった。これは大きな問題を生むだろう。


 そもそも彼らが神という言葉を知っていたあたり、やはり人間の脳内には普遍的に神というイデオロギーが植えつけられていたのだろうが、問題はそこではなく、神を知った人間が歴史上何をしてきたか、だ。


 信仰を宗教として体系化し、世界を人間を、信じ救われる者と信じず救われない者に二分した。この二大対立はやがて大きな争いを引き起こし、大きな爪痕を残した。


 それだけではない。神を疑った人間は世界の本当の姿を知るため、その無尽蔵な知の欲求を満たすため、目線を宇宙という外へ向けた。


 神の出現とともに彼らの世界は戦争へと進むのか、発展へと進むのか、はたまた予測できない方向へと進むのか、それは全くわからない。


 ただ一つ言えるのは、円環していた彼らの時間が直線的に進み始めたということだ。その目指す先がどうなっているのかは本当の神のみぞ知る。


 神が世界を造るというのはこういうことなのかもしれない。人間のイデオロギーを土台ごとひっくり返し、世界を全く別の物に創り変えてしまうということなのかもしれない。


 ああ、私に神という役目は重すぎる。

 

 しかし、逃げることは許されない。彼らが頑張って生きてくれなくては私たちの実験は終わってしまう。


 半球世界の人類史に私が現れた今日は、彼らにとっての0年になるのだろうか。どうなろうとも、私は静かに見届けなくてはならない。

 

 私たちの未来は、半球世界の住民が握っている。その半球が地球の半分を覆っているといっても過言ではないのだから。

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半球世界の観測者 レインマン @tsukikawa

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