森の謝月祭

 「お月さまがいらっしゃいますよ」

 どこからか声が聞こえたので、みんなは自然と空を見あげました。


 木々のきわから、満ちみちたお月さまが待たせたとばかりに、ぐんぐんぐんぐんのぼってきます。

 空は張りつめたようにんで、夜の風が通るときは虹いろに見えます。そこらじゅうに降るお月さまの光は、じゅくした果実のみついろです。

 どの木からもさやかな光がしたたり落ちて、きつつきなんかは透明とうめいなグラスへと注いだのをかたむけたりしています。

 白百合のような、金木犀のような、懐かしいような、けれど生まれたばかりのような。なんだか甘い香りがするような、不思議な気分です。


 「ここの丘はお月さまに特別とくべつ近いから、果物くだものにはぎゅっと光がしみて、ちょうど蜜が色づくようになるのです」

 こう言って、乾杯かんぱいのあいさつをしたみみずくが、あなたたちのそばへきました。

 「こんばんは。人間さんにほうきさん、よい夜ですな」

 ――こんばんは。

 「こんばんは、みみずくさん」

 「あなたがたの話はみんなから聞きました。森の仲間にやさしくしてくれて、どうもありがとう。心ばかりのお礼をさせてください」

 「ふたりともどうぞ、こちらへどうぞ」

 「ああ、よかったよかった」

 「今夜は楽しいねえ。はっはっ」

 うさぎたちに連れられていったのは、立派りっぱな林檎の木のしたでした。たくさんの実が重そうにさがっています。枝からもぐときは、ぱちっと弾けるようでした。

 あなたはブルームのかごと、肩かけかばんに林檎を詰めました。これで美味しいパイが焼けるでしょう。あなたとブルームは、おじぎをして言いました。

 ――こんなによくしていただいて。

 「おばあさんも、きっとよろこんでくれます」

 やがて、お月さまが西に傾きだしました。そろそろ出発しなければ、エチカおばあさんを待たせてしまいます。


 帰りぎわには、みみずくが代表して道を教えてくれました。

 「お月さまのいくほうへ、おんなじにいけば、きっとわかるはずですよ」

 あなたはブルームに乗って、ふわりと空へいあがりました。尾にかけられたかごが林檎の重みで満足そうに、ゆさゆさゆれました。

 「またいつでもどうぞ!」

 「道なか気をつけて!」

 「さようなら、またねえ!」

 白と黒、茶いろの毛並みが飛びはねて、いつまでも見送ってくれました。灰いろの毛並みは、くるっと寝がえりをうちました。


 あなたたちはお月さまの光をあびて真っすぐに飛んでいきます。

 「あそこです、おばあさんの家!」

 暗くなった森の帽子ぼうしのなかに、にょっきり生える煙突えんとつが見えました。ブルームが迷わず庭におりると、エチカおばあさんはすぐに家から飛びだしてきました。

 「おかえり、ブルーム! あんまり夜になったから、むかえにいこうと思っていたところだよ。まあ、店主さんまで」

 「ただいま、おばあさん」

 ――どうも、遅くなりまして。

 おばあさんのまわりには、ちいさな星……ほんとうの星!……が、くるくると飛びまわっています。夜のあかりの番、というブルームの言葉を、あなたは思いだしていました。

 「さあさあ、みんな今夜はやっぱりいいよ。空へおかえり」

 そう言われた星たちは、おばあさんの頬にキスをして、波をうって昇っていきます。

 ――おばあさん、お加減はいかがですか?

 「もう平気だよ。わたしはまだまだ若いんだから」

 「店主さんには林檎を探すのを手伝ってもらったんですよ」

 ブルームが尾にさげた、かごいっぱいの林檎を見せると、エチカおばあさんは顔をほころばせました。

 「そうだったの。こんなにたくさん、ありがとうね」

 おばあさんはかごを受けとって、あなたたちを家のなかへと招きます。ブルームはうれしそうに話しだしました。

 「あのね、おばあさん。ぼくたち、森の謝月祭を見ましたよ」

 「まあ、そうかい。よく話を聞かせておくれ。なんと言ったってわたしは、その月を見るために転んだようなものだからね!」

 おばあさんの家の扉をくぐるとき、あなたには、夜の木々にかくれる前のお月さまが、やさしく笑ったのが見えました。


 その次の日のことです。

 エチカおばあさんの焼いたパイはあわく蜜いろにも虹いろにも輝いて、その年の収穫祭しゅうかくさいで一番の評判ひょうばんになりました。


(おしまい)

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ザッカ・ハイプノース~森の謝月祭 木子あきら @hypast

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