第16話 事件
週明けの月曜日。
この日、事態は大きく動くことになる。
時刻は午前八時十五分。この日も学校を休み、雫の手掛かりを探すために時間を使おうと考えていた
「はい、もしもし」
『……朝からごめん』
千絵美の声を聞くなり涼は眉を
『今、学校に居るんだけど……大変なの』
「……何があった?」
『
「石清水って、あの
すでに嫌な予感が体中を駈け廻っていた。
『……石清水が、死んだ』
「……何だって」
涼が茜沢学園の前までやってくると辺りは騒然としていた。周辺には数台の警察車両が止まり、校内へは制服警官やスーツ姿の捜査関係者が出入りを繰り返している。その他にも事件を聞きつけたマスコミ関係や近隣住民、通りがかりの野次馬など、周囲は人で溢れ返っていた。
何とか中に入って状況を確認したかったが、校門や職員玄関前には制服警官が控えており、関係者以外が立ち入ることは難しそうな状況だ。
歯痒く思いながら校門前の人混みの中で立ち往生していると、後方から馴染みの声が話しかけてきた。
「涼も来てたのか」
背後から声をかけてきたのは私服姿の
「さっき、千絵美から電話が来てな……石清水が死んだらしい」
「やっぱり本当なのか」
「茜沢の生徒である千絵美が言ってるんだから、間違いないだろ」
涼は悔しさを表すようにつま先で地面を蹴った。
「しかし、石清水が何でまた?」
「俺にも詳しいことは分からない。千絵美に確認を取ろうにもさっきから電話に出ないんだ。状況が状況だし、事情聴取とかで自由が効かないんだろう」
「もどかしいな」
「まったくな」
そう言って涼はもう一度千絵美に連絡を試みたが、電源が入っていない旨を知らせるメッセージが聞こえるだけで、やはり話をすることは出来なかった。
「いっそのこと、こっそり侵入でもしてみるか?」
「警察がわんさかいるこの状況でか?」
涼は勘弁してくれといった様子で苦笑いを浮かべた。まさか麟太郎も本気で言っているわけではないだろうが、どんなに隠密に行動したところで絶対にばれる。警察に捕まって事情聴取でもされたら、貴重な時間を無駄にしてしまうだけだ。
「状況が落ち着けば千絵美から何らかのコンタクトがあるだろう。その時に話を聞くしかないな」
「確かに、今はそれしかなさそうだな」
「一度ここを離れよう。これからの指針も話し合わないといけないし」
「同感だ」
今この場に居ても出来ることは何も無いと判断し、一先ず野次馬から離れようとした瞬間、麟太郎の動きが唐突に止まった。
「どうした、麟太郎?」
麟太郎の視線は、野次馬の後方の電柱の陰から茜沢学園をジッと見詰めている、フードを目深にかぶった男の方を向いていた。
「あいつは!」
麟太郎と男の視線が交差し、互いに驚きの表情を浮かべる。
数秒の沈黙の後、男は突然身を翻し、全速力で逃走を開始した。
「おい、待て!」
一瞬出遅れてしまったが、麟太郎も逃走した男を追って野次馬の中から飛び出した。
「おい、どうしたんだよ。あいつは何者だ?」
状況が飲み込めないまま、涼も麟太郎の後を追う。
「
「あいつが例の」
「この場に現れたことも気になるし、何より逃げたのが気に入らない。昨日も様子がおかしかったしな」
「確かに、逃げたのは気になるな」
「とりあえず取っ捕まえて事情を聞こうと思うんだが、異論は無いよな?」
「賛成だ。もしかしたら、今回の石清水の件にも関係してるかも」
二人の意見は完全に一致した。同時に「こいつと一緒なら絶対に失敗しない」という強い確信が満ち溢れてくる。
涼と麟太郎のコンビから逃げきることは、並の高校生では難しい。
「涼、お前はそのまま佐古田を追いかけろ。俺は脇道から正面に回り込むから、挟み撃ちにするぞ」
「打倒な分担だな」
足の速さだけなら涼と麟太郎の実力は拮抗しているが、総合的な身体能力では麟太郎の方が上回っている。回り込み、待ち伏せといった役割は麟太郎が行った方が確実だ。
「お前が回り込むよりも早く、俺が追いついて捕まえてやるよ」
「おっ、言ったな」
どこか愉快そうに言うと麟太郎は脇道へと入り、涼は作戦通り、逃げ続ける佐古田を一直線に追いかける。
「この分なら追いつける」
距離としてはまだ一キロも走っていないが、あまり体力に自信が無いのか佐古田の走力は段々と落ちてきている。まだまだ余裕を残している涼は勝利を確信した。
逃走を続ける佐古田とそれを追う涼が住宅街を抜け切ろうとしたその瞬間、住宅街に隣接する公園の影から麟太郎が飛び出し、佐古田の前へと立ち塞がった。挟み撃ちは成功だ。
「悪いが通行止めだ」
麟太郎の一言が決め手となり佐古田は完全に足を止めた。
昨日の一件で、麟太郎が
「……分かりました。もう逃げませんよ」
そう言って佐古田はフードを外し、息を切らせたままその場にへたり込んだ。
「こいつが佐古田か」
初対面のため、涼は佐古田の顔をマジマジと観察した。
「……
「ああ、やっぱり俺と雫って似てるよな」
どうやら佐古田は、雫に双子の兄がいるということを知らなかったようだ。突然声を掛けてきた雫そっくりの顔をした男の存在に困惑し、まるで幽霊でも見たかのように驚いていた。
「こいつは雫ちゃんの双子の兄貴だ」
麟太郎がボソリと補足すると、佐古田は「なるほど」と、素で感心し頷いていた。
「それよりも、何で俺達から逃げた?」
麟太郎はしゃがみ込み、地面に腰を付けたままの佐古田へと目線を合わせる。
「……昨日の今日であなたの顔を見たら、逃げたくもなりますよ」
露骨に目線を反らし、佐古田は吐き捨てるように言った。それが強がりであることは、体の小刻みな震えがよく表している。よっぽど麟太郎が恐ろしいらしい。
「麟太郎、昨日何したんだよ?」
「いや、大したことはしてない。こいつにたどり着く前に、不良グループを一個潰したりはしたけど」
「ああ、それは怖いわ」
「そうですよ」
ちゃっかりと佐古田が涼の意見に便乗したが、麟太郎が不満げに睨み付けるとすぐに黙った。
「……まあいいや。今はもっと大事な話がある。お前が茜沢の近くに居たのは、やっぱり石清水の件でか?」
麟太郎に質問されると佐古田は俯き、そのまま呟くように話し始めた。
「……はい、茜沢で女子生徒が死んだって聞いて、気になって行ってみたんです。そしたら、死んだ女子生徒は石清水って名前だって話が飛び交ってて…」
「気の毒だったな……」
何とも言えぬ気持ちになり涼はそう声を掛けた。雫の件もあり決して印象の良い相手ではないが、想い人である石清水が死んだという状況には少なからず同情出来る。
「何がですか?」
「いや、だってお前、石清水に惚れてたんだろ? そんな相手が死んだわけだし」
「石清水さんが死んだなんて、一体何を言ってるんです?」
ショックで混乱でもしているのだろうか? どうにも佐古田との会話が噛み合わない。
「茜沢で死んだのは石清水だ、それは間違いない」
同じ高校に通う千絵美が言っていたのだから正しい情報のはずだ。野次馬の間でも名前が出ていたようだが、それも事実だからこそのものだろう。
「確かに死んだのは石清水さんだって辺りでは噂になってましたけど、それは間違いです。だって僕、石清水さんを見かけましたもの」
「何!」
「まじかよ!」
衝撃的な言葉を受けて、涼と麟太郎は驚愕に声を上げた。
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