第17話 偽物
「
「僕が
苦手とする
「まあ、それはそうだが」
麟太郎は渋々頷いた。いけ好かない奴ではあるが、佐古田の石清水に対する気持ちは本物だ。現実を受け入れられずに妄言を吐いている可能性も否定は出来ないが、佐古田は落ち着いている様子なのでそれはしっくりこない。
「しかし、死んだと騒がれている石清水が騒動後に目撃されてるってのはどういうことだ? まさか幽霊?」
「流石にそれはない……といいな」
笑って否定しようと思いながらも、麟太郎も最後の方で自信を無くす。呪いが存在しているのだからあるいは……。
「いや、ないな」
「ああ、ないさ」
まずは幽霊や非科学的なことが絡まない現実的な状況から考えるべきだ。何でも超常現象に結びつけてしまっては、見えるはずの真実も見えなくなってしまう。
「石清水という名前の人間が二人いたとかか?」
「それ、けっこういい線行ってるかもしれない」
麟太郎が何気なく発した思い付きに、涼はある可能性を見出した。
「佐古田。お前は石清水に片想いしてたんだよな? 最初から名前とかも知ってたのか?」
「……いえ、本当に一目惚れで、初めて会った時点では彼女のことは何も知りませんでした。お恥ずかしい話ですが友達も少なくて、僕の人脈では一目ぼれした他校の女子生徒の名前を調べることも出来ませんでした。名前を知ったのは、思い切って彼女に声を掛けてみた時の事です」
「本人が石清水と名乗った?」
「はい、はっきりとフルネームで、
「成程、そういうことだったか」
二人のやり取りを静観してる内に、麟太郎も涼の考えを理解したらしい。合点がいった様子で会話に参加する。
「つまり、佐古田にとっての石清水と本物の石清水は別人ということだな」
「麟太郎も気づいたか。そう、佐古田の惚れている茜沢の女子生徒は石清水の名を語った別人だったんだよ」
「確かにそれなら、石清水が死んだ後に佐古田が石清水を目撃したっていう矛盾も解消されるな」
「ああ、佐古田の知る石清水は健在だったんだ、あえて言うなら偽石清水と言ったところか」
「ぼ、僕を無視しないでくださいよ。さっきから何なんですか、石清水さんが別人だとか偽者だとか」
完全に置いてけぼりを喰らっている佐古田は不満げにそう訴えるが、麟太郎は憐れむような目で彼に語り掛ける。
「お前さ、頭は良いんだから、俺らの話を聞いていたら状況は理解出来るだろう。しっかりと現実見ろよ」
「……僕が、嘘の名前を教えられてたっていうんですか? 一体何のために?」
「今の段階では何とも言えないけど、別人の名を名乗ってまでお前を利用していたんだから、少なくとも真っ当な理由ではないだろう」
「……そんな」
佐古田は大きなショックを受けているようだった。本来なら妙な役回りを演じさせられている時点で過ちに気付くべきだと思うが、どうやら佐古田にとってショックなのは、いいように扱われていたことよりも偽名を使われていたことの方らしい。
「悪いが落ち込むのは後にしろ。お前を操っていた奴、偽石清水がどんな女だったのかを教えてくれ」
「……言いたい気分じゃありません。傷心中なので」
拗ねた子供のように佐古田はソッポを向く。
その仕草は涼と麟太郎を苛立たせ、最初に麟太郎が動いた。
「ふざけてる場合じゃないんだよ」
眉間に皺を寄せた麟太郎は佐古田の顎を掴み、無理やり自分の方を向かせる。
「い、言いたくないものは言いたくないです」
冷や汗を掻き、声を震わせながらも佐古田の意志は変わらない。麟太郎に対して意地を張っているようにも見える。
「昨日は一発で我慢したが、今日はどうなるか分からないぞ」
麟太郎は露骨に拳を握った。そもそも佐古田は頼まれたからとはいえ、雫に嫌がらせをしたことについて未だに反省の色を見せておらず、そのことがずっと気に入らなかった。
「な、殴りたければ殴ればいいでしょ」
精一杯の強がりなのか開き直りのか、半笑いで佐古田は言ってのける。
「上等だ」
「待て、麟太郎」
拳を引いた麟太郎を涼が静かな声色で制する。
「止めるなよ」
「まずは俺に話をさせろ、その後なら好きにしろ」
「……分かった」
涼に諭され麟太郎は素直に拳を下ろした。腕に覚えのある麟太郎が思わず気後れする程に、今の涼は危険な雰囲気を放っている。
「佐古田、石清水の名を語っていた女について教えてくれ」
「だから言いたくないって――」
それまでは強がっていた佐古田が、涼と目が合った瞬間に言葉を失った。
「教えてくれ」
「ひっ……」
決して圧のある言い方ではないし、暴力を振るう素振りを見せているわけでもない。それなのに、何度もカツアゲをしてきた宝木のグループよりも、それを一人で潰した麟太郎よりも、今の涼の瞳は佐古田にとって恐ろしいものだった。
深い闇を思わせるような冷たい瞳。
その瞳は睨まれただけ殺されるという錯覚を佐古田に覚えさせ、彼の中にあった僅かな意地をあっけなく突き崩した。
「い、言いますよ」
「なら、良い」
そう言うと涼は表情を和らげて満足気に笑った。その瞳からすでに闇は消え失せている。
「……ああいう目をした時の涼は、俺でもおっかねえ」
麟太郎はそう呟き、腕組みをしながら涼と佐古田のやり取りを見守る。
「正直なところ、語れることは多くありません。彼女が石清水さんだと思い込んでいた都合上、本名も知りませんし」
「知ってることだけ語ってくれればそれで構わない」
「……背は高くとてもスタイルが良かったです。髪はロングで、髪形のバリエーションは多かったです」
「学年とかは?」
「二年生だと思いますよ。校章の色がそうでしたし、何より、
「待て、雫と仲良さげって言ったか?」
これまではてっきり、犯人の正体は雫を良く思わない何者かだと過程していたが、近しい人物となると考えの方向性はまるで変わってくる。
「友達と言っても差支えない間柄に見えましたが」
「そういえば昨日も言ってな。お前の惚れた女とやらは、いつもお前の活躍を雫ちゃんの隣で見てくれたって」
麟太郎は昨日の佐古田の発言を思い出す。あの時点では石清水の偽物がいるなどとは知らなかったため、大して発言を重要視していなかったが、雫にあからさまにいやがらせ行為をしていた石清水が雫と親しげに歩いていたなど、今になって思えば不自然な話だった。
「偽石清水の正体が雫の友達の誰か、それは間違いないんだな?」
「ここまで来て嘘はつきませんよ」
「分かった」
混乱する頭の中を整理しながら、涼は大きく息を吐く。
「大丈夫か、涼」
「大丈夫だ。ようやく手が届きそうなんだ。偽石清水さえ見つけることが出来れば」
「しかし、どうやって偽石清水を見つけ出す? 佐古田を協力させて、虱潰しに茜沢の女子生徒をあたるか?」
「それも有りだが、もっと効率の良い方法はないもんかな……」
思考を巡らせようとしていると、唐突に涼のスマートフォンに着信が入った。
「
涼が通話を開始したので、その間、麟太郎は暇つぶしがてらに佐古田と会話することにした。
「佐古田、少しいいか?」
麟太郎は静かに佐古田の隣に腰を下ろし、肩を並べた。
「何ですか、もしかして僕を殴ろうとでも?」
「安心しろ、その気は無くなった」
佐古田は未だに麟太郎に萎縮しているようだったが、涼の瞳を見た時から、麟太郎の中の怒りはすでに冷め切っていた。
「何で偽石清水は、親しいはずの雫ちゃんにお前を使って嫌がらせをするような真似をしたんだ?」
「知りませんよ。何も詳しいことは聞かされてませんし」
「じゃあ、お前個人の見解を言ってみてくれよ」
人間性はともかく、名門校である
「……そうですね。無難に考えれば、近しい人間だからこその不満や妬みがあって、嫌がらせをしたくなったとかですかね」
「他には?」
「そうですね。実は真の目的はネガティブキャンペーンだというのはどうですか?」
「この場合は、本物の石清水のってことか?」
「はい、僕は本物の石清水さんとやらのことは存じ上げませんが、仮にも嫌がらせを指示する立場でその名を名乗ったんです。いけない行為に石清水という名前を使うことに抵抗はなかった、少なくとも良い感情は抱いていませんよね?」
「そういう考え方もあるのか、やっぱり頭良いなお前」
雫に対する嫌がらせが実は石清水に対する攻撃でもあるという発想は、完全に意識の外だった。麟太郎は素直に感心する。
「あなたに褒められても嬉しくないです」
佐古田はここぞとばかりに悪態を突くが、麟太郎は特に気にしていない様子なので不発に終わる。
「他には何かないのか?」
「そんなにポンポンと出ませんよ。僕は知恵袋じゃありません」
麟太郎と佐古田がそんなやり取りをしていると、通話を終えたらしい涼が麟太郎に声をかけた。
「千絵美の方はやっと拘束が解けたようだ。この後は全校集会を開いて、そのまま今日は休校になるらしい。後で合流して、今回の事件の状況を説明してくれるってさ」
「今回の件に関しては俺らは完全に蚊帳の外だったからな。情報にありつけるのはありがたい」
状況の進展に喜ぶ涼と麟太郎の話に割って入る形で佐古田が挙手をした。
「……あのう、僕、そろそろ行ってもいいですかね?」
「そうだ、佐古田が居るんだし、試してみる価値はあるかもしれない」
「どういうことだ? 麟太郎」
「その千絵美って子に会う時に、雫ちゃんの友達も連れて来てもらうっていうのはどうだ? 確かお前、面識があったよな?」
「色々話を聞かせてもらったが、どうするつもりだ?」
「偽石清水が雫ちゃんと親しい人物なら、その友達の誰かがということも有り得るんじゃないか」
「確かに、その可能性はある」
昨日雫のためにと情報を提供してくれた友達を疑うのは少々気が引けたが、疑いの目を向ける必要性があるのは事実だ。
「お前が千絵美って子や雫ちゃんの友達から話を聞いてる間に、その中に偽石清水がいないかを佐古田に確かめさせるってのはどうだ?」
「異論は無い。雫のことを考えれば、あまりこれ以上時間はかけたくないしな」
「決まりだな」
「早速、千絵美に連絡してみる」
「聞いての通りだ。もう少し付き合ってもらうぞ、佐古田」
「……どうせ断れないんですよね」
麟太郎は心にもない笑顔を作り、それを受けた佐古田は、苦笑いを浮かべて渋々と頷いた。
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