第5話 神隠し
「来たか」
約束の正午。
「早いな」
一言添えて涼は麟太郎と向かい合う形で席へと着く。
考えていることはお互いに同じだったらしい。麟太郎も涼同様に制服姿から私服姿へと変わっていた。やはり、警察官など人目を気にしてのことだろう。
「悪いな。喉が乾いてたから、先に注文させてもらったぞ」
麟太郎はすでに一服していたらしく、テーブルの上にはグラスに注がれたジンジャーエールが置かれていた。
「烏龍茶を一つ」
通いなれた店のため、涼はメニューを見ることなく注文を決めた。もっとも、どこの店に入っても涼の頼む飲料はだいたい烏龍茶だが。
「はーい、少し待っててね」
涼は常連のため、店主の返答もフランクだった。
「それで、収穫はあったのか?」
冷えたジンジャーエールを口にしつつ、麟太郎が切り出す。
「とりあえずは
「雫ちゃんに関する新情報は?」
「千絵美の話によると
「暗黒写真、神隠しの呪いね……」
「知ってるのか?」
「小耳に挟んだ程度だけどな。茜沢の知り合いから聞いたとか言って、隣のクラスの奴が噂してたぜ」
「内容は分かるか? 俺にこの事を教えてくれた千絵美も、詳しい内容までは知らないらしくて」
「残念だが俺もそこまでは知らないな。けど、
「確かに、この手の話を聞くなら栞奈が一番か」
情報通の栞奈が特に詳しいのは都市伝説や超常現象といった不可思議な出来事に関する事柄だ。比較的新しい噂とはいえ、他校の生徒でも知っている者が存在する程度に伝播しているのならば、栞奈のアンテナに引っ掛からないわけがない。
「後で連絡を取ってみるか」
できれば今すぐにでも話を聞きたいところではあるが、時間を考えると今は四時間目の授業の真っ最中。流石に電話はかけられない。
「他には何か分かったか?」
「あまり気持ちの良い話じゃないけど、雫のことを一方的に
「
麟太郎は不快感を払うかのように無造作に頭を掻く。
「お待たせ、烏龍茶よ」
「どうもです、
涼の報告が一区切りついたところで女性店主が烏龍茶を持って席までやってきた。
店主の名前は月子さん。年齢は二十代後半だと本人は語っているが、童顔のせいか服装によっては十代後半に見えなくもないため、店主ではなくバイトの学生と間違われたことも何度もあるという、とても可愛らしい印象の女性だ。
「涼くん、雫ちゃんのこと聞いたよ。大変だったね」
烏龍茶を涼の前に置くと、月子さんは心配そうな表情を浮かべる。
涼が麟太郎の方へ目配せすると、麟太郎が口パクで「勝手に悪いな」と伝えてきたが、涼は麟太郎を責める気など無かった。先に喫茶店に到着したのが自分だとしても同じように月子さんに伝えていただろうし、仮にも高校に通っている人間が平日に顔を出しているのだ、説明も必要だったのだろう。
「私に出来ることがあれば、何でも言ってね」
「ありがとう、月子さん」
「困ったときはお互い様だよ」
月子さんは涼の肩に優しく触れて諭すようにそう言った。その言葉には年齢相応の人生経験が感じられ、童顔でもやはり大人の女性なのだなと再確認させられる。
「何かあったら呼んでね」
月子さんは伝票をテーブルへと置き、オボンを片手にキッチンの方へと戻っていった。
「ふう」
涼は一旦喉を潤すために烏龍茶を口に飲み、生き返ったと言わんばかりに大きく息をついた。思ったよりも喉が渇いていたらしい。
「俺の得た情報で役立ちそうなのはさっき話した通りだ。次は麟太郎の話を聞かせてもらおうか」
涼の集めた情報は学校関係の話で全て出尽くした。ここから先は麟太郎の収穫に期待するしかない。
「それなりには、意味のある情報を手に入れてきたつもりだ」
「期待してるぞ」
涼は烏龍茶を飲む手を止め、麟太郎の話へと聞き入る。
「実は俺もお前と別れた後、茜沢の方に行ったんだ。
「雫の足跡か。夕方に学校を出て繁華街の方に向かって行ったのが最後の目撃情報だったけど」
「俺もそれに従って茜沢から繁華街の方に行ってみたんだが、お前も知っての通り学校と繁華街はそんなに離れてはいない。高校生の足なら徒歩7~8分ってところだろうな。おまけに繁華街までは一本道の大通りだし、夕方ともなればそれなりに人通りも有ったと思う」
「確かにあの辺は交通量も人の行き来も多いな。でも、それが分かったところでどうなるんだ?」
「実はな、失踪当日の大通りで雫ちゃんを見たって人を一人見つけたんだ。もしその証言が事実なら、一番直近の雫ちゃんの目撃情報ってことになる」
「大収穫じゃないか。それでその人は何て?」
思わぬ情報に興奮を抑えきれず、涼は身を乗り出して麟太郎に問いかけるが、何故だか麟太郎は気難しい表情を浮かべている。
「順を追って話そう。俺が話を聞いた目撃者ってのは近所に住む主婦のおばさんで、午前中と夕方に犬の散歩でよく大通りを歩いているらしい。一昨日の夕方もいつも通り愛犬の散歩をしてたらしいんだが、反対側の歩道を歩く雫ちゃんを見かけたらしいんだ」
「よく雫だって分かったな、その人」
「そのおばさんと雫ちゃん、たまに道端で会うと挨拶を交わしてるらしい。なんでも散歩させている犬、ちなみにチワワなんだが、雫ちゃんに懐いちゃったみたいでな。雫ちゃんも会う度に犬の頭を撫でてやってたらしい」
「なるほど。雫の奴、犬好きだったからな」
「あの日は反対側の歩道を歩いていたから、会話まではしなかったらしいが、それでもお互いに相手の存在に気づいて、
そこまで言いかけて麟太郎は一度ジンジャエールを口にした。まるでそこから先を口にすることを戸惑っているかのように。
「ここから先の話が問題なんだが」
麟太郎の言葉に涼は少し違和感を覚えた。ここから先が重要だと言うのならともかく、問題だと言うのは言い得て妙に感じる。
「会釈を交わして通り過ぎた直後に、そのおばさんは何となく後ろを振り返ったらしい、そしたら……その瞬間にはもう雫ちゃんの姿は消えていたって言うんだよ。直後に振り返ったってくらいだし、その間、僅か数秒といったところだろう」
「そのおばさんの見間違いじゃないのか? あの一本道で数秒の間に完全に姿が消えてなくなるなんて、あり得ないだろ」
「おばさんといっても、三十代後半くらいの人だったし、そうそう見間違えるとは考えにくい。ましてや顔見知り同士だしな」
「数秒なら誘拐は無理だし、そもそも何か異常が起こったのなら、雫が悲鳴を上げてる筈だよな?」
「だけど、そんな証言はゼロだ」
「……一体、どういうことだよ」
話の展開に思考が追いつかず。涼は片手で頭を抱え込む。麟太郎の、いや、雫を目撃した主婦の話が本当だとしたら、雫は一瞬でその場から消えたことになる。だけど、それではまるで……。
「まるで、神隠しみたいだよな」
涼の思考を代弁するかのように、麟太郎は静かにそう呟いた。
「……」
涼は否定の言葉を発することが出来なかった。それは、涼の思考に神隠しという言葉が引っかかっているからに他ならない。
「正直俺も、最初はそんなこと絶対有り得ないと思ってたんだ。けどさ、涼が茜沢で仕入れて来た神隠しの呪いの噂と、雫ちゃんに対してそれを行った奴がいるかもしれないという話。それに加えて、突然消えたとしか思えない雫ちゃんの最後の目撃情報。あまりにも出来過ぎてるとは思わないか?」
「……呪いは本当に存在するのか?」
「可能性の一つとして、考えておいた方がいいのかもしれないな」
「……」
無言で涼はゆっくりと頷く。
未だに半信半疑ではあるものの、今回の情報収集で得られた内容は、呪いの存在を意識せざるおえないものであった。
気持ちを落ち着かせるために涼が烏龍茶を手に取ると、時間の経過で小降りになった中の氷がカランと音を立てた。
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