第4話 円千絵美
「ねえ、君。もしかして
「そうだけど、君は?」
「あっ、ごめん。名前も名乗らずに失礼だったよね。私、茜沢学園二年A組の
円千絵美と名乗った少女は、涼の抱く茜沢学園高校の生徒のイメージとは異なる雰囲気を持っていた。茜沢学園高校と言えば市内トップクラスの名門校だ。生徒達も服装や髪形がきっちりとした印象で、アクセサリーを付けたり、派手な髪色の生徒はほとんどいない。
そんな茜沢学園高校の生徒でありながら円千絵美は、ライトブラウンのロングヘアーにウェーブをかけ、制服のブレザーの下には、おそらくは学校指定ではないであろう赤いレタードカーディガンを着用、ネックレスやブレスレットといったアクセサリー類も目立つ。全体的な雰囲気がギャルっぽく、初見の印象で彼女が茜沢の生徒だと見抜ける者は少数派だろう。
「二年A組ってことは雫の同級生?」
「正解です。ちなみに雫ちゃんの席から見て横に二つ、後ろに一つずれた席に座ってます」
「いや、そこ重要か? 隣とかならともかく、大して近くないじゃないか」
「言ってみたかっただけ」
「……そうか」
これ以上追及しても不毛な気がした涼は、早々にこの話題を切り上げた。
「それで、円さんだっけ? 俺に何か用?」
「その前にお名前を聞いてもいいかな? 『雫ちゃんのお兄ちゃん』じゃ少し長すぎるから」
「俺の名前は涼、
「涼くんね、了解です。涼だけに」
「……」
涼は内心では『何だこいつ、面倒くせえ』と思いながらも、白昼に校門の前で女子生徒に苦言を
「それにしても本当に雫ちゃんにそっくりだね。実は涼くんも女の子?」
「俺は男だよ、雫とは二卵性の双子」
「でも雫ちゃんと同じで凄く綺麗な顔だよね。女装させたら多分街中の男の子のハートを鷲掴みに出来ちゃうよ」
「頭の中で勝手に俺を女装させるな」
「え~もったいない」
「いや、もったいないじゃねえよ。というか、話の論点がずれてきてる」
収集がつかなくなりそうなので涼はわざとらしく一度咳払いをし、話の切り替えにかかった。
「円さんは、俺に何か用があって声をかけてきたんだろ?」
雫が行方不明となっているこのタイミングで、兄である涼に声を掛けてきたのだ。何か意味のある出来事だと考えるのは当然だった。
「あっ、そうだ忘れてた」
ポンと手を叩いた後のテヘペロという、もう完全に狙っている仕草を千絵美は見せる。
「実は雫ちゃんの失踪について、話しておきたいことがあったの」
「雫のこと?」
雫の失踪というワードに、自然と期待が高まる。
「涼くんは、都市伝説を信じる?」
「何だ? 藪から棒に」
「実は今、うちの学校を中心に広まってるある都市伝説があるの、
「聞いたことないし、それが雫の件に何か関係あるのか?」
「私もあまり都市伝説とかには興味が無いから詳しくは知らないんだけど、その暗黒写真というのは、いわゆる呪いの儀式らしくて、呪われた人は神隠しに遭って消えてしまうんだってさ」
「それで雫が消えたって?」
都市伝説や呪いと言う単語を
都市伝説や超常現象といった類の話は決して嫌いではないが、それはあくまでもネットやテレビなどを見て客観的に楽しむ場合に限った話だ。妹の失踪という一大事に都市伝説めいた話を持ち込まれたら、良い感情など抱けない。
「私だって何も本当に呪いが起こったとは思ってないよ。だけどね、噂が
「まさか、誰かが呪いに見せかけて雫をさらったとか?」
「それは私にも分からないけど、タイミングが出来過ぎなのは間違いないよね。それに……」
「それに?」
「うーん、言ってもいいのかな……」
「遠慮はしないでくれ、どんな些細なことでもいいから雫の手がかりが欲しいんだ」
「分かった、落ち着いて聞いてね」
先程までの軽薄な振る舞いが嘘だったかのように、千絵美の表情はグッと真面目なものとなる。声のトーンを落として、内緒話のように語り始めた。
「雫ちゃんが居なくなればいいって思ってる子も、少なからずいたと思う」
「どういうことだ? 雫は人に嫌われるようなことをする子じゃ……」
先程、
だけど、涼が知っているのはあくまでも家庭内での雫のことだけだ。学校での雫も果たして自分の知る雫と同じなのかどうか、
「ごめん、私の言い方が悪かったよね。安心して、雫ちゃん自身は凄く良い子だよ」
「……だよな」
千絵美の言葉は自然で、取り繕ったり誤魔化したりしているには見えなかった。涼は安堵すると同時に、雫の素行を
「雫ちゃんって成績も優秀だし、運動神経も良いし、可愛くて
「その中の誰かが雫を?」
「気に入らないからって誘拐までするとは思えないけど、試しに呪いを実行したりした子ならいるかもしれないね」
「そうか……」
呪いなど非現実的とはいえ、自分の妹が一方的な悪意によって呪いをかけられたかもしれないという話は、聞いていて気持ちの良いものではない。
「私が知っているのはここまで」
「ありがとう。参考になったよ」
明るい話ではなかったが、雫に対して悪意を持っていた人間が存在していたという情報は収穫だった。どれだけ理不尽な理由であれ、
「私も、雫ちゃんがいないままなんて嫌だもん。じゃないと怒ってくれる人がいなくなっちゃう」
この時見せた千絵美の表情はどこか寂し気で、涼の興味を引いた。
「怒ってくれるってのは?」
「不思議に思わなかった? とっくに授業が始まってる時間なのに、茜沢の生徒である私が声を掛けて来たこと」
「気にならなかったといえば嘘になるが、深く詮索するのも無粋かなと思って黙ってた。人にはそれぞれ、事情ってものがあるからな」
「じゃあさ、あえて聞くけど私が遅刻してきた理由って何だと思う?」
「バスに乗り損ねたとか、寝坊したとかか?」
時間的にはまだ一時間目の授業が終わろうかというところなので、遅刻の理由はその辺りが妥当だろうと涼は考えた。
「残念ながら不正解。私の家は学校から徒歩圏内だし、こう見えても早起きは得意だよ」
「じゃあ正解は?」
「ずばり、サボりだよ」
千絵美は白い歯を覗かせた満面の笑みでピースサインを作り、堂々とそう言ってのけた。
「恐ろしく不真面目な理由だな、おい」
「だって、一時間目の担当の先生嫌いなんだもん」
千絵美は口を尖らせて不満そうにぼやく。
「そんなこと言ってると、授業についていけなくなるぞ」
「ところがどっこい。実は私、こう見えても学年トップクラスの成績なのだよ!」
「嘘だあ」
渾身のドヤ顔を決める千絵美に対して、涼は疑いの眼差しでツッコミを入れる。
「嘘じゃないってば、これ、昨日返ってきたテスト」
千絵美はキャンパス素材の白いリュックから、二枚のテスト用紙を取り出し、涼へと差し出す。
「マジかよ」
渡された二枚のテスト用紙はそれぞれ数学と英語。点数は英語が九十八点で数学は百点満点。紛れも無い高得点だ。
「これで信じた?」
「……仕込みをしてまで俺を騙す理由は無いだろうし、一応は信じてやるよ」
「釈然としないけど、信じてくれたならそれでいいや。とにかく、私はこの通り成績優秀だから、ちょっとぐらい授業をサボっても問題無いのです。もちろん出席日数には響かない程度には自重してるけどね」
「そんなスタンスで、学校側からは何か言われないのか?」
「真面目に授業を受けろとは言われるけど、形だけかな。学校側としては成績優秀な私の存在が、けっこう大きいみたいだから」
「本気で注意しない学校側もどうかとは思うけどさ、ちゃんと授業には出た方がいいぞ。学生ってのはそういうものだ」
「注意してくれるんだ?」
「意外そうだな、けど、当たり前じゃないか?」
「はは、やっぱり兄妹だね」
涼の言葉を聞いた途端、千絵美は嬉しそうに笑い始めた。
状況を呑み込めない涼は若干困惑し首を傾げる。
「雫ちゃんもね、私をちゃんと注意してくれたんだ、『駄目だよ、千絵美ちゃん。ちゃんと授業は受けなきゃ』って、私がサボる度に毎回」
「確かにあいつなら言いそうだな」
「私、それがとても嬉しかったの。教師も同級生も私のこと面倒だと思って誰も注意してくれなかったのに、雫ちゃんだけはいつも私を
「経験は無いけど、何となくその気持ちは分かるな」
きっと千絵美は雫が自分を特別扱いしなかったことが嬉しかったのだろうと、涼は千絵美の心中を察する。
「本当はね、一時間目の授業をサボったのも、遅れて学校に行けばいつもみたいに雫ちゃんが叱ってくれるんじゃないかと思ったからなの。我ながら子供染みてるとは思うけどね」
千絵美は
「でも、雫ちゃんに会いたいと思って学校に遅れて来てみたら、顔がそっくりな涼くんを見つけた。これはきっと意味のあることなんだと、直感的にそう思ったの」
「だから俺に雫のことを教えてくれたのか?」
「うん、雫ちゃんを捜すために少しでも手助けになればと思って。……私の知ってる情報なんて、あまり役に立たないかもしれないけど」
千絵美の表情は暗い。授業をサボることも多く、学校にあまり順応していない千絵美がもたらせる情報は、残念だがあまり多くはない。普段の素行が足を引っ張ってしまったことが悔しいのだろう。
「そんなことはないさ。何の手がかりも無い状態で、円さんは貴重な情報をもたらしてくれた。感謝してるよ」
「そんな感謝なんて。雫ちゃんのためだし、と、当然だよ」
感謝されることに慣れていない千絵美は、涼の言葉に恥ずかしさを覚え、両腕をバタつかせて慌てふためく。
「
可愛いところもあるじゃないかと思い、涼は微笑む。第一印象こそチャラチャラしたギャルが話しかけてきたという
「千絵美でいいよ。雫ちゃんと双子なら涼くんと私、同い歳でしょう?」
「了解だ。今日は本当にありがとう、千絵美」
「ど、どういたしまして」
やはり気恥ずかしさがあるらしく、千絵美は涼から視線を逸らし、髪を弄りながらそう言った。
「じゃあ、俺は行くよ」
「頑張ってね、応援してるから」
そう言うと千絵美は、バックからスマートフォンを取り出した。
「もしよかったら連絡先を交換しておこうよ。私も私なりに、雫ちゃんの情報を集めてみるから。何か分かったら連絡する」
「助かるよ」
涼は快く承諾し、二人は赤外線機能を使用して連絡先の交換を行った。
「さてと、それじゃあ私は授業に向かおうかな」
「あまりサボるなよ」
「サボらないよ。少なくとも雫ちゃんが見つかるまでは」
「良い心がけだと言いたいところが、雫が見つかってからもちゃんと授業には出とけよ」
「考えておきま~す。じゃあまたね」
悪戯っぽく笑い、敬礼のようなポーズを取ると、千絵美は足早に生徒玄関の方へと向かって行ったが、
「あう」
足早過ぎたのか、玄関前で前のめりにこけた。
「おーい、大丈夫か?」
「ははは、急ぎ過ぎちゃったよ」
すぐさま起き上がり、笑い交じりに軽く膝の汚れを払った。
「慌ただしいけど、良い奴だったな」
千絵美の後ろ姿を見送り、涼は茜沢の校舎に背を向けてスマートフォンで時間を確認する。
「十時過ぎか」
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