第3話 手掛かりを求めて
高校を出た
「さてと、これからどう動く?」
炭酸飲料を飲み干した麟太郎が、隣で缶の緑茶を
「まずは
「情報収集か?」
「まあな。昨日の内に連絡は済ませてあるから後は行くだけなんだが、お前も来るか?」
「いや、俺は遠慮しておく。お前は雫ちゃんの身内だけど、俺は部外者でしかも他校の生徒だからな」
「まあ、それはそうだな」
麟太郎がいないのは少々心細いが、確かにわざわざ予定に無い人間を連れて行って相手側の心証を悪くする必要はないだろう。納得して涼は頷いた。
「俺は俺で調べてみたいことがあるから、しばらく別行動を取ることにするよ。後で待ち合わせして、そこで報告し合おう」
「じゃあ、正午にいつもの喫茶店でどうだ」
「いいぜ」
「決まりだな」
行動指針は決まった。二人は飲み干した缶をゴミ箱へと捨て、それぞれの行き先へと向かい歩き出した。
「ここに来るのは久しぶりだな」
涼は心なしか緊張した面持ちで、
涼の出で立ちは先ほどまでの制服姿から、私服の白シャツと濃紺のデニム姿へと変化している。茜沢学園高校を訪れる前に一度自宅へと戻り、私服姿へと着替えたためだ。
きちんと学校側に許可を取った上での早退ではあったが、制服姿で街中を歩き回るのは何かと不都合が生じると考えての判断だった。例えば警察官に声を掛けられたらややこしいことになるし、他校の制服を着たまま妹の通う高校を訪れるのも少し気が引ける。
涼は初めに職員玄関を訪れ事務員に声を掛けた。話は伝わっていたようで、涼が名前と要件を告げると直ぐに応接室へと案内された。
応接室の椅子に掛けて2分程待っていると、一人の若い男性教師が応接室に現れた。男性教師は涼の顔を見るなり一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、直ぐに元の整然とした大人の表情へと戻った。
「お待たせして申し訳ありません。
織部という名前は雫が何度か口にしていたので涼にも覚えがあった。雫は織部のことを、知的な雰囲気が魅力で女子生徒に大人気の教師だと語っていた。
目の前の織部は確かに、女子生徒に受けの良さそうな出来る男という雰囲気を漂わせている。長身で手足も長く、光沢感のあるネイビーのスーツをきっちりと着こなしながらもピンドットのネクタイで外すなど、服装に小技も効かせている。教師ではなく、モデル業でも通用しそうな印象だ。
「昨日お電話させて頂いた
顔合わせの挨拶を済ませたことで、両者は椅子へと掛けて向かい合う。
「しかし驚きました。津村くんに双子のお兄さんがいらっしゃることは知っていましたが、これ程までにそっくりだとは」
「よく言われます。まるで一卵性みたいにそっくりだって」
涼と雫は性別の異なる二卵性双生児であるが、その顔立ちは一卵性と言っても通用しそうなくらいによく似ている。もちろん成長と共に身長や体格、骨格等に男女の差は生まれているのだが、顔のパーツ一つ一つはまさしく瓜二つであり、織部のような反応をされることは決して珍しいことではなかった。
「お話と言うのは妹さん、津村君についてでしたよね」
「……はい。電話でもお話しした通り、何か妹を捜す手がかりがないかと思い、本日お伺いました」
「お気持ちは分かりますが、捜索は専門家である警察に任せるべきではないでしょうか?」
「……警察の捜査にはまったく進展がないんです。それどころか、端から家出と決めつけている節がありまして」
「津村君が家出ですか、それは考えにくいですね」
織部が思っていた以上に話に理解があることを感じ、涼の中の緊張感が僅かに緩む。
「織部先生の仰る通り、本来は警察に任せておくべき状況なんだと思います。でも、ジッと進展を待っているだけなんて俺には出来ません。家族として、双子の兄として、妹のために何か行動を起こしたい。だからお願いです、俺に協力してくれませんか? どんなに些細なことでもいいから、雫の手がかりが欲しいんです」
平凡な高校生の涼に、高度な交渉技術などは存在しない。出来ることは自身の思いの丈を吐き出して、相手方の理解を得ることだけだ。
「……学校側としては、協力は難しいかもしれません。こう言ってはなんですが、我が校の経営陣は保守的でスキャンダルを嫌います。昨日、津村君が行方不明となっているという一報が飛び込んできた際も、厄介事が舞い込んできたと言わんばかりに、生徒達にはこの事を口外しないようにと呼びかけたくらいです。そういう状況ですから、津村君のお兄さんであるあなたに対しても、学校側が協力的になるとは到底思えません」
「何ですかそれ? 生徒一人が行方不明になっているのに、
「少なくとも、学校側はそういう姿勢ですね」
涼の言葉にも動じず織部は淡々とそう答える。その表情には目に見えた感情の変化は無く、真意を伺い知ることは出来ない。
「……帰ります」
これ以上は時間の無駄だろうと考え、涼はこの場を立ち去ろうとしたが、立ち上がる寸前の涼を織部が柔らかな言葉使いで制した。
「津村君の失踪に関して積極的に関わらないというのは、あくまで学校側の考え方であり、私個人の意思と一致しているわけではありませんよ」
「どういう意味ですか?」
「教え子の危機を
「いいんですか? 怒りをぶちまけた立場で言うのもおかしいかもしれませんが、そんなことをしたら、織部先生の立場が悪くなるのでは?」
「教え子の消息と保身、どちらが大切かなんて
どこか冗談めかして言ってはいたが、織部の眼差しは真剣そのものであり、彼の教師として
「……ありがとうございます、織部先生」
織部の言葉が身に
雫の担任が良い先生でよかったと、涼は心からそう感じていた。
「とりあえず、私の知っている範囲のお話はしようとは思いますが、生憎とこの後は授業が控えていまして。一先ず今日は、私の連絡先をお渡しておきます」
そう言うと織部は懐からメモ帳とボールペンを取り出し、手早く携帯とメールの番号を書き記し、涼へと手渡した。
「感謝します」
「一応生徒達にも、津村君のことで何か気が付いたことがあれば申し出るようにと、それとなく伝えてみます。学校側に
「人気者ですか」
「ええ、本人は普通に振る舞っていただけなのでしょうが、あの明るさと笑顔の周りには、自然と人が集まってくる。彼女はそんな魅力を持っていました。意外でしたか?」
「いえ、学校でもやっぱり雫は雫なんだなと思って」
織部の話す雫の学校での姿は、家庭での姿とは変わらぬものであり、雫が皆に好かれていたという話は兄として感慨深いものがあった。不器用な自分とは違い、いつでも友達の輪に囲まれた明るい太陽のような女の子。そんな雫は、涼にとって自慢の妹だ。
「おっと、もうこんな時間ですか」
織部が腕時計を確認すると、授業終了まで10分を切っていた。
「申し訳ありません、そろそろ授業の準備に向かわなければ」
「分かりました。本日はお時間を頂き、ありがとうございました」
「職員室と同じ方向ですし、玄関までお送りしますよ」
涼と織部は椅子から立ち上がり、応接室を出て職員玄関の方へと向かう。
「そういえばお兄さん。君は確か、
「はい、2年C組です」
「では、社会科教師の
「うちのクラスの担任ですが、知り合いなんですか?」
「ええ、実は遠野とは大学時代の友人でして」
「何だか意外だな。織部先生とうちの担任、まるで雰囲気が違うから」
インテリな雰囲気を漂わせ、スタイリッシュな印象の織部とは対照的に、涼の担任の遠野は
「どうです、遠野の教師振りは?」
「ぶっきら棒なのが玉に
「ははっ、ぶっきら棒なのは相変わらずか、だけど、慕われているようなら何よりですね」
そんな雑談を交わしている間に、涼と織部は職員玄関まで到着した。涼は来客用のスリッパを脱ぎ、スニーカーへと履き替える。
「それでは織部先生。俺はこれで失礼します」
「津村君が早く見つかるように私も願っています。頑張ってください」
「はい!」
自らにも言い聞かせるように、涼は力強く答えた。
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