運命の日《魔法暦100年》 後編(3)
影の王と呼ばれる黒い塊は形状こそ違わないが、身体の上で起こっている植物の繁茂は大きく変容していた。
背の高い巨木が同時に生えたかと思うと、周囲に緑を増やして森を形作り、
ひとつの命が生じて消えるまでの時間は数秒に過ぎず、「役に立たない」教科書で見たことのある活動写真なるものを早送りで閲覧しているようだった。植物の一生、森の一生を目前の映像で見ることができるなんとも不思議な体験だ。
数百年、数千年といった時間の経過を数分単位で目にしている。影の王の身体全体が巨大な劇場と化していた。土属性を付加した魔法弾と影の王の風属性が植物の盛衰をめぐってぶつかり合い、異常な速度の生態系を作り出したようだ。
植物が誕生し、一生を終えるスピードは時間が経過するほど速くなっていった。
「先ほどから始まったんです。まるで太古からの地球の歴史を鑑賞しているような気になりますよ」
カウルが興味深そうに漆黒の塊で繰り広げられる脅威の舞台劇を見つめていた。
もはや私の想像力など及ばぬ域に達している。魔法の力は奇跡さえ起こしうるのかもしれない。
思いがけず
「長い付き合いだった……楽しませてもらったが、二度と顔は見せないでくれ」
手のひらの先から緑色の光があふれ出る。長い光の帯となって200メートル先にある影の王の中心部分に吸い込まれていった。魔法弾の土属性は新たな植物の命を生み出した。
手を下ろした瞬間、劇場は唐突に
魔法士たちの手が止まった。連射し続けた魔法弾も制止した。至近まで巨大化した泡は中が透けて見えるような薄い膜に覆われ、山をも呑み込む迫力に全身が硬直した。
鼓膜を突き破るような破裂音――。
目の前に半透明の膜が迫り、破片となって飛び散った。やぶれた向こう側から黒い液体が大量に飛び出す。辺り一帯が破裂した黒い膜と液体に包まれた。魔法士たちは頭から浴びて、押し流されるように方々へ散っていった。聖弓魔法奏団の外に積み重なっていた
私が気を失うことはなかった。液体の一部を口から吐き出して、いつの間にか軽くなっていた右脚で立ち上がった。ほどけた包帯の内側、長い間悩ませた漆黒の染みがさっぱり無くなっている。代わりに別の黒い液体が全身を覆っていた。
大量に地面を満たした液体は足首ほどの深さがある。周囲から大きな悲鳴が聞こえた。皆、真っ黒になっていた。叫び声は間もなく止んだ。
黒い液体はもう人間を侵食し、襲うことはなかった。つんとする匂いが
地鳴りが伝わってくる。かつて影の王が地下から出現したと言われる500メートル離れた縦穴の跡地から、轟音と一緒に黒い水が大量に噴出し始めた。色つやは影の王と異なり、図鑑で見た「燃える水」に
天上から
沈黙の中から歓声が沸き立つ。状況を説明する魔法研究生の声があちこちから聞こえた。匂いはきつくドロドロ身体にまとわりついているが、「油」だと駆けつけてくれた人たちも理解したようだ。
今後レジスタ共和国は地面から大量に噴出する石油を精製して、100年前に構想していた新時代への扉を開くことができるだろう。影の王を打倒するために生じた文明の遅れは、豊富な資源と魔法を利用して解決できるはずだ。魔法研究所は今まで以上に忙しくなるかもしれない。
雨粒が
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