運命の日《魔法暦100年》 後編(2)

 ……暗闇がどれだけ続いたのか分からない。まぶたの外に光を感じて再び目を開いたのは数十分後か、あるいは数秒後の出来事だったかもしれない。


 ひたいを打つように小雨が降っていたが、空は厚い雲にいくつも切れ目を作っていた。西へ大きく角度を傾けた太陽は灰色の隠れ家から時折姿を現し、曇天どんてんにうっすら浅紅あさべにを加えた。私は背を地面にくっつけ大の字になって倒れていた。うめきながら持ち上げた顔の両目に映ったのは、魔法士たちが依然、緑色の連結魔法弾を撃ち続けている姿だった。


「アキムさん、お目覚めですか?」


 カウルが足元の先、数歩のところで腰を下ろしていた。振り向いた顔に疲労の色が見える。


「私が気を失っていたのはどれくらいだ?」


「そうですね……1時間くらいでしょうか」


 1時間……増援に来た魔法士たちの魔法弾を計算に加えても、1時間を超える持久戦は想定していなかった。そもそも太陽の傾き具合から1時間程度ということはない。昼から始まった戦闘が夕方近くまで続いているのだ。


「あ……すみません。実は3時間以上、そこに寝かせておきました。……本当にたいへんだったんですよ。アキムさんを泥の中から掘り起こし、気道を確保するため逆さまにしたんです。口から黒い水が延々と出続け、よくも1人の身体に大量の液体が入るものだと感心しました」


「……異端者は恩を感じるということを知らないな」


 珍しい声が聞こえた。フードを目深まぶかにかぶった陰鬱いんうつな様子の男はカウルと並んで反対側を向いて座っており、面倒くさそうに振り返った。


「こちら魔法具をつくる織物職人、セグさんです。お二人は親しい間柄なんですよね。セグさんと2人で身体を逆さまにしたんです。見た目に似合わず、凄い腕力の持ち主なんですよ。アキムさんは口から液体を残らず吐かせた後、横にして土属性の魔法弾で治癒させていただきました。身体を覆う黒い液体は雨で洗い流し、心臓の鼓動も確認したのですが、突然手足がけいれんし始めたので様子を見つつ、寝かせておきました」


「ああ、そうか……ありがとう」


 私はカウルに軽く会釈して立ち上がった。単純に計算して魔法士たちは累計4時間も魔法弾を放っていることになる。聖弓魔法奏団の魔法力は、ジョースタックが連れてきた増援を含めても1時間余りしか持たないはずだ。遠くまで視界を広げて魔法士たちの姿を見渡すと、想像を遥かにしのぐ莫大な人数に圧倒された。


 2000名……いや3000名近い人間が集まっている。身なりの色も多種多様だ。とても魔法士とは思えない服装ばかりだった。首都コアでよく見かける格好の者もいれば、農夫姿の者もいた。手に魔法具をつけているから魔法弾を供給しているのは確かだが、白亜色のローブを着た人間がわずかなため魔法士とは全く異なる集団に感じる。


「アキム……気がついたようじゃのう」


 魔法研究所長のジョースタックが近づいてきた。高齢というのに、座り込んでいるカウルや気を失っていた私より生気にあふれていた。


「驚いたようじゃな。魔法研究所とは縁のない者たちが方々から集まって、魔法士の代わりに魔法弾を送り込んでおる。皆、魔法弾を撃ち出す基本的な動作は身につけているようじゃ。首都コアを中心に、魔法について広く情報公開し続けたことが思わぬ結果を呼んだといえよう。これもアキムの計算どおりかな?」


 私は首を横に振った。魔法士だけに任せておけないと国中から人が集まってくるなど予想できるわけがない。ソフトウェアの柔軟性と拡張性を土台にした聖弓魔法奏団は、魔法に精通していない者も簡単な所作を覚えれば参加できる。準備ができていたことは幸運としか言いようがない。


 砲台役や中継役の魔法士だけは簡単に代役を立てることができない。連結魔法弾を放つたびに魔法力を消費し続けた彼らは戦線に残っていないはずだ。目を凝らすと担当者の指示を受けながら、若い魔法研究生が吸収の刻印を背負った魔法士のローブに着替えて、砲台役と中継役それぞれの役割を担っていた。


「……アキムさん、みんな砲台役や中継役に憧れていたんです。陰で練習していたのが役に立ったみたいですね。現在、中継役は送る相手が変わらないのでやり方さえ教えれば誰でもできます」


 頼もしい言葉を放ったそばから、砲台のひとつが魔法弾を撃ち出せず不発に終わった。カウルは悪びれず視線を逸らした。属性付加役との連携が難しい砲台役でも、土の魔法弾なら失敗が怪我につながることはないのだが……浪費した魔法力を考えると頭が痛い。


「ギリギリ合格点だな……。新しく交代したばかりなのか連続して失敗する者もいるようだが、12人分の連結魔法弾は維持できている。素晴らしい魔法士たちだ」


 周囲の雰囲気がずいぶん変わったようだ。戦場というイメージはもはや無い。栗色の頭髪をした後輩魔法士も、魔法弾を使い切ったのか座り込んでいる。運動をした後の爽快な表情で影の王を見つめていた。

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