運命の日《魔法暦100年》 中編(3)
身体を打ち
私はローブの背中に付いたフードを頭に深くかぶり、縮こまるような格好で両膝を曲げ、地面近くまで腰を下ろした。すその長い魔法士のローブは防火性に加えて
地表を打った水滴は多数集まって足元から背後へ滑るように流れていく。顔を弾幕へと向ける。今や視界は完全に閉ざされた。影の王どころか味方の魔法士の姿さえ見えない。一歩先の景色でさえ降雨という壁が存在するだけだ。
じっと雨粒の弾丸を見ていると、「運命の日」のため張り巡らせた策謀と奔走した日々が脳裏によみがえる。すべては影の欠片に手痛い仕打ちを受けた時から始まったことだ……。
5年前、影の王の弱点が「水」であると判明してから、魔法研究所では「天然の雨」を影の王に浴びせる方法を検討してきた。任意の場所へ大量の雨を降らせるために必要な条件は2つある。上昇気流と雨雲だ。
上昇気流は火属性の魔法弾が実績を挙げている。影の王に大敗を喫した魔法暦94年10月10日、同時期の降水量が過去ゼロだった戦場にわずかだが奇跡的な降雨が記録されていた。影の子を粘土に変え、取り残された魔法士を救った雨だ。当日、魔法士320名で使役した火属性の魔法弾は天候に影響を与えるほどの上昇気流を発生させた。千名を超えた聖弓魔法奏団の生み出す火炎の量はさらに桁違いだ。
一方で雨雲の発生には大気中に
影の欠片から情報を得た翌年、魔法暦96年10月10日「影の日」。影の子の出現が予測されていた場所で火属性の魔法弾を用いた大規模演習を実施した。現地は浅い乾季にも関わらず、炎を激しく巻き上げた結果、
私は事前にレジスタ共和国政府へ天候を用いた戦略を説明しており、予算の増額を申請していた。影の子を出現させないという奇抜な発想は当初理解を得られなかったが、有言実行を証明して大幅な予算引き上げに成功した。
巨額の予算は魔法と表向き関係のない土木工事と
まず、すり鉢状の盆地が生み出したレジスタ共和国に外側から吹き込む風を限定する。国境付近へ立ち入る禁忌を破り、紫色の霧が発生していない高地で土木工事を進める。西側山岳の木々を風の魔法弾を使って切り開き、東側山岳の枯れた山肌には土の魔法弾を利用して植林を繰り返した。国境の向こう、空の果てを流れる雲の動きが変化を伝えた。国外の東から吹き込む風は国境の
次に、人工的な大気の対流を作り出す。秋に実施する聖弓魔法奏団の全体演習は東側で火の魔法弾を用い、西側で氷の魔法弾を用いた。温度差を利用して、レジスタ共和国上空は秋に限り気流が東側で上昇し、西側で下降するように仕向ける。春は同様の手段で逆向きの対流を作り出す。
気象の変動が原因で被害を受けそうな農村には、魔法士を常駐させる灌漑事業を徹底し、収穫に影響が出ないよう配慮した。
すべては影の王出現地域の気候を変えるためだ。魔法士総動員による巨大事業はレジスタ共和国東部の秋の風向きを東方からの吹き下ろしではなく、西方から山へ向かって吹き上げる流れに変えた。1年の雨季と乾季は逆転した。「運命の日」に朝から厚い雲が広く垂れ込めていたのは魔法研究所が用意した仕掛けだ。
影の王は100年間、常に居場所を変えなかった。自分の活動する時期に雨が降らないレジスタ共和国東部に留まり続けた。地の利を
大量の雨を降らせるのに必要な上昇気流と雨雲の条件は満たした。それでも戦闘中に雨が降るかどうかまでは把握できず、半ば運任せの賭けだった。激しい戦闘の末、ようやく豪雨の
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