運命の日《魔法暦100年》 中編(2)
視線の先、巨大な顔の周囲は触手が埋め尽くしている。身体全体を変形させた奥の手なのだろう。暗雲垂れ込める空の下、再び大気を振動させて空気をいっぺんに口内へ吸い込む。
左右4箇所の砲門から「
死の宣告だった。生命を奪う塵が放たれる――。そう思った瞬間、白亜色のローブの
全く同時に、黒い塵が
聖弓魔法奏団の中から数え切れない悲鳴が上がった。顔を向けた私の視線の先で鮮血色の炎が大きな火柱となり、上空まで立ち昇っていた。
「バカ野郎! 魔法士を束ねる指揮官が何ぼうっとしてるんだ!」
通り過ぎた黒い塵の後に飛び出した人影から鉄拳が見舞われた。頬の痛みで正気に戻り、目の前に組み付いている魔法士を確認した。銀髪、黒い眼帯……デスティンだった。
改めて目の前に広がる惨状が視界に入った。炎の下で苦しそうにもがく魔法士100名以上が身体から精気を奪われ、骨と皮だけの姿へ変貌した。
「聖弓魔法奏団が受けたダメージは大きいが、まだ戦える。命令を出す指揮系統が健在ならな」
デスティンは立ち上がって魔法士たちの方へ身体を向けた。白亜色のローブをまとっているが右目を覆う黒い眼帯だけは再会したときのままだ。漆黒を身にまとうのは、私とティータに対するけじめなのだと言う。
「俺は6年前、最後まで指揮を執ることができなかった。味方の魔法士を一度に失ってしまい我を忘れ
魔法士たちの命を燃やし尽くす鮮血の炎は、無残な
影の王は空気を大量に吸い込み、次は左翼側の部隊目掛けて黒い塵を吐き出した。もはや地獄絵図だ。
私は背中に受けた衝撃でしばらく
「まだ立ち上がるな!」
銀髪の魔法士が叫んだ。
「影の王が吐き出した黒い塵は、微細ながらも空中に散乱しているようだ。火属性の魔法弾で燃やし尽くすから待っていろ……」
振り向いた魔法士の右腕は
「俺の右肩あたりに付着したようだな。小さい炎だが俺の命を吸い取っているようだ。これでは治癒の魔法弾でも追いつかないだろう。とんでもない奴だよ。俺たちの敵は……」
銀髪の
「俺が育てた砲台役の魔法士はまだ生き残っている。今、太陽は君だ。彼らを
デスティンは組んだ手に意識を集中させ、手袋がひっついた「元」右腕を左手でつかんで火属性の魔法弾をなぎ払うように撃ち出した。屍以外、何者も存在しなくなった場所に炎の群れが飛び出す。まだ空中に残っていた黒い塵は火の魔法弾と反応して朱色の炎を噴き上げ消滅した。湯気の立ち昇る銀髪の魔法士は両膝をついたまま動かなくなった。
私はデスティンが作った空間へ
右翼は端から150名ほどが命を失い、私の立つ中央部分は200名、左翼も200名以上が命を散らしていた。聖弓魔法奏団は半分の人数を失ってしまった。
影の王は次の標的を求めて地上を
まだか……。
ただ待っていた……。背後で命の
先刻から感じていた……冷たい
影の王が息を吹き出すため力をこめた。戦局が変わったのは一瞬だった。
パラパラ……。
大地を優しく叩く音が鳴り響いた直後、上空から無限の水滴が矢のように降り注いだ。
世に存在する打楽器を総動員させたほどの轟音が辺りを包み、大粒の雫が激しく地上を叩きつける。水滴の矢が作る軌跡は視界を奪い、耳へ届くはずの振動は炎の音、人の声すべてかき消された。滝のごとく空から落ちる水の塊は地上も空中も関係なく、ありとあらゆるものを呑み込んだ。
魔法暦に前例のない、レジスタ共和国において100年に一度の豪雨だった。
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