運命の日《魔法暦100年》 前編(4)
炎が全身へ広がった影の王は、
影の王の身体が一瞬、振動したように見えた。どうやら本体ではなく
「攻撃が目的ではないな、合図か……」
私はひとりごちながら注意を聖弓魔法奏団の背後に巡らせた。
戦闘中も絶えず影の王と逆方向へ視線を向けていた後方配置20名の砲弾役から声が上がった。小集団の魔法士たちも、魔法弾を送る右手を隣から離さぬよう注意しつつ背後に視線を向けた。
影の王は100年間、1日も休むことなく黄昏の時刻に地面へ分身を吐き出し続けた。レジスタ共和国の地下にはどれだけ影の王の一部が潜んでいるかわからない。ある時は4年に一度姿を現し、また一方で息を潜めて影の王に危機が迫った事態に備えてきたのだろう。本体を包囲する人間たちのさらに外側から攻撃を仕掛けるというのは、影の王が用意したシナリオに違いない。
黒い粒に見えた漆黒の集団はあっという間に形状が確認できるほどの大きさまで変化し、残り数秒で魔法士たちへ到達するという距離まで迫った。人型だが獣や家畜のような部位も見える。6年前は
「後方待機中の砲台役に告ぐ! 影の子の集団を近づけさせるな。先頭を撃破して同時に敵の前方へ炎の防波堤を作れ!」
聖弓魔法奏団の
供給役の魔法士は移動せず、中継役を経て彼らまで魔法弾を送る。龍の首を半分以上退治した今、陽動に
20門の砲台から炎の帯が発射される。扇状の陣形の外側に向かって放射状に広がった紅蓮の光条は、影の子の軍勢が突進する前方の地面をかすめて炸裂した。黒い人影が空に向かって弾け飛ぶ。
火属性の連結魔法弾を浴びせられた一帯は、倒れ伏した影の子を中心に勢いよく炎を噴いた。他の黒い兵隊に燃え移り、残骸と火柱は多数の炎の壁を生じさせた。軍勢が壁の前で行き詰まる。隙間無く長距離に立ち昇る炎は、聖弓魔法奏団めがけて収束するように接近する敵の前衛を火種に作った天然の防護壁となった。
炎の壁の間を
1分が経過した。近接戦闘していた魔法士たちが後退して戦列に戻り、20名の砲台役が再び炎の光条を放つ。炎に巻かれていた影の子を吹き飛ばし、新たな灼熱の壁を作り出す。時間の経過とともに防護壁は総面積を広げ、影の子で構成された軍勢は突進する
影の王本体と影の軍勢による挟撃は「前門の虎、後門の狼」だったが、戦況に応じて形状を柔軟に変化させる聖弓魔法奏団にとっては脅威とならず、二正面作戦にて完封した。上空から戦場を見ることができたら、影の王、包囲する聖弓魔法奏団、さらに外側から襲い来る影の軍勢の間には、真紅の光条が絶え間なく残像となって交錯していただろう。
私は外部から襲い来る軍勢を押し返したのを確認して影の王へと視線を戻した。
「……龍の首AとBが再び動き始めました!」
カウルの声が響く。頭を失くして動かなくなっていた龍の首AとBは、失った胴体を徐々に伸ばし鎌首をあげると、頭部を粘土細工でも作るかのように再生した。やはり自己修復する能力を持っていた。
「龍の首GとHに
復活した2本を除く、残っていた3本の首の2つに攻撃の照準をしぼる。回復する首に対しては、先に標的の数を減らしたうえで再び平手打ちを繰り出して吹き飛ばす。予期していたが、殲滅が早いか回復が早いか総力戦へ移行することになった。
影の王といえども無限に修復できないはずだ。正直を言えば戦況が動かない場合、先に力尽きるのは魔法士の方だろう。魔法弾の総量である魔法力は例外を除き、多い者の集団で30発程度。1分置きに魔法力を消費し続けたら連続30分を超える戦闘には耐えられない。
龍の首AとBに向けて再び聖弓魔法奏団の両翼から「
聖弓魔法奏団の活躍は優れた砲台役なくして語ることはできない。デスティンが優秀な魔法士を多数育て上げた功績は救国に及ぶ。「
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