運命の日《魔法暦100年》 前編(3)

「『十字連弩クロスボウ』の準備が整いました」


 総員100名の中継役が確認完了との情報を発信したようだ。やぐらの前方に中継役のリーダーとして並んでいた栗色の髪の青年が報告を届けた。かつての少年魔法士カウルである。若干18歳の魔法研究士は私の右腕を務めるまでに成長した。頼りになる後輩が聖弓魔法奏団の切り札を叫んだ。


 さあ、影の王へお披露目ひろめといこうか。


「龍の首AとBに対し、十字連弩クロスボウを放て!」


 号令と同時に、陽動に参加しなかった両翼計4門の砲台から河川を彷彿ほうふつとさせるほど巨大な炎の光条がうなりを上げて空中へ飛び出し、2匹の龍の喉元を両側から貫いた。扇型の陣形の左翼と右翼から2本ずつ放たれ、正反対となる方向から全く同時に炎の光条を受けた龍の頭は、激しい衝突音と爆煙に包まれた。


 ひとつの光条につき魔法弾60人分を集約した「十字連弩クロスボウ」は、前後から連結魔法弾を一点で衝突させ、反発力を利用した爆発を生じさせる。上空の敵を想定した3次元空間で十字に交差する炸裂弾。貫通力こそないが威力はかつての「大砲弓バリスタ」100人分に相当した。


 時間と共に薄れる煙の奥で龍の首2本から頭部と首の半分が消え失せた。根元の残骸は力なくうなだれた。魔法士から歓声が沸き起こる。聖弓魔法奏団は感情を表に出すことを容認していた。


「供給役を総動員する。十字連弩クロスボウにて龍の首を2本ずつ撃ち落とす!」


 私は充分な効果を確認し、十字連弩クロスボウを連発する指示を出した。現在の聖弓魔法奏団には十字連弩クロスボウを撃つことのできるうつわと技術を持った魔法士が12名いる。すべてデスティンが鍛え上げた精鋭魔法士だ。


 一方で、集約した魔法弾を任意の砲台役まで送り届ける機能は、「幾名いくめいの」中継役魔法士が「どの」砲台役へ供給するかによる。


 魔法弾を砲弾役まで経由させる計算はすべて「中継役」の魔法士に任せてある。魔法弾60人分の十字連弩クロスボウを4発放つためには、9本の龍の首へ平手打ちを浴びせている間に都合240人分の魔法弾を準備しなければならない。彼らは見事に役割を果たしていた。


 数分後、カウルから準備完了との報告がもたらされた。全力を挙げた聖弓魔法奏団だ。訓練通りなら最短で30秒経つごとに連射が可能となる。


 陽動に専念していた砲弾役は担当する首が撃破された場合、首1本ごとに4名が役割を終える。うち2名は装填まで30秒の状態だ。首2本を撃破すれば4名――彼らが次の十字連弩クロスボウの準備に入る。切り札を撃ち終わった砲台役は空席となった陽動任務に就くが、撃破した首担当であるため待機状態となる。首Aなど早い撃破対象の陽動に、次回必要となる十字連弩クロスボウの撃ち手を用意していた。


「龍の首CとDに対し、十字連弩クロスボウ発射!」


 炎の帯が先刻とは別の砲台から放たれる。空中の2箇所で発生する爆発音が大地を揺るがした。2本の首が新たに頭を失った。魔法士が作り出した炎は、影の王の主戦力と目される9本の龍の首を力で押していた。


 一方、地上では幾つものしずくが垂れ落ち、再び黒い塊がダース単位で誕生していた。40門の砲台を空中に専念させた状態で、残り10門が地上の敵を一掃する。影の子が無数に姿を現して炎を浴びながら魔法士たち向けて突撃してきたが、16人分を集約した正確無比な魔法弾の射撃で一匹たりとも近寄らせなかった。





 影の王本体――球状の身体が炎に包まれ始めた。ほむらに追い詰められ、怒りを沸騰させた漆黒の王は傷つけた者へ復讐心をたぎらせているようだった。激しく動かす触手は次の黒い雫を放ち、龍の首は身体全体を波打たせた。


 首の数は「十字連弩クロスボウ」により半分近い5本となり、地上戦も魔法士側が圧倒する状況で唐突に事件は起こった。


「龍の首EとFに対し……」


 指示を出す直前だった。龍の首1本が頭にぶつかる陽動の炎を無視して聖弓魔法奏団の左翼に突撃した。集団をこだまする痛烈な悲鳴。確認せずとも断末魔の声だとわかった。陣形を切り裂かれるのと同時に、一瞬で魔法士数十名の命が消え去った。


 犠牲者を出してしまった――。龍の首が去った後に無残に喰い散らかされた魔法士の亡きがらが残った。生存している者はいるのか? 命を取り留めた負傷者は助けられるだろうか? 


 逡巡しゅんじゅんする自分を恥じて激しく叱咤しったする。指揮官失格だぞ! 戦死した者たちに顔向けできない真似をしてどうする? 集中しろ……。


 声を振りしぼった。


「被害を確認せよ! 陽動作戦中の砲弾役は担当する首へ攻撃を継続。中継役は魔法弾供給任務を果たしつつ、情報を集め本部まで伝達せよ!」


 龍の首への陽動は首Fをのぞいて影響はない。砲台役と供給役の魔法士が一度にいなくなり、彼らの標的だった首Fに対しては、担当がすでに消滅し待機状態だった砲台役以下をあてがった。


「被害状況確認しました」


 カウルがやぐらの下まで近づき声をかけてきた。ハシゴを下りて彼の元まで急いで駆け寄る。攻撃の担当と配分を計算し直さなければならない。私は現状を把握し、脳を可能な限り速く動かして結論を導き出した。


 首Fへ陽動をしかける砲台役に改めて首Cを担当していた砲台役を、地上に攻撃する砲門ひとつに首D担当だった砲台役を、亡くなった者の代わりに割り当てる旨をカウルへ伝える。後輩魔法士は、栗色の頭髪をひと撫でして伝令と共に隊列へと戻った。


 戦況はあたかも生き物のごとく動き、休むことを知らない。魔法士たちが陽動を続けながら数分後、カウルから伝達終了と十字連弩クロスボウが復旧した連絡を受け取った。


「龍の首EとFに対し、十字連弩クロスボウを放て!」


 ……残る5本の龍の首のうち、2本が炎の挟撃から生じる爆発によって四散した。

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