運命の日《魔法暦100年》 前編(2)
地面に落ちた漆黒の塊はたちどころに炎に包まれ、蒸発した。かつての戦闘で荒野となった戦場周辺は1年草を中心に緑を回復している。むしろ過去以上に植物が繁茂している大地から再び真っ赤な火柱が上がった。
影の王の触手が激しくぜん動する。そのうち20ほどが長く突起を伸ばし、地表に向けて黒い雫を放った。一滴が幅10メートルほどの巨大な塊。地上へ落ちるなりたちまち表面を変形させて分身たる「影の子」を次々と生み出した。人間をかたどった影の王の手下どもだ。
複数の塊から大量に湧き出る影の子は、数を正確に把握することができない。影の王直下の土地は黒い粘液状の塊が連なって大きな水溜めと化したが、意識する暇を与えてくれない。影の子は蟻の大群のように半包囲陣形の内側へ迫ってきた。
聖弓魔法奏団の最前列に配置された「砲台役」の魔法士が、後方の小集団から送られてきた魔法弾を手のひらで連結して、まばゆい光を発生させる。「属性付加役」の魔法士が左横2メートルの場所からタイミング良く砲台役の手へと火の魔法弾を命中させ、連結した魔法弾に火属性を付加させる。巨大な炎をまとった光の集合体は
砲台役の魔法士は最前列に50名、最後列に20名配置している。後者は問題が起こらない限り待機状態を維持する。
攻撃を担う50名も一様ではない。新たな魔法弾を準備する1分間の空白を埋めるため、一度に魔法弾を放つのは50門ある砲台のうち10箇所のみ。連結魔法弾を撃った砲台役は再び魔法弾が集約されるまで待機する。空白時間に入った12秒後に次の10箇所が魔法弾を放つ……。
以上の繰り返しによって5つに分けた10門の砲台が、互いの
10箇所から続けざまに放たれた1分間5連射、合計50本にもおよぶ炎の光条は凄まじい破壊力で地面に落ちたすべての塊を一掃した。爆心地を逃れた影の子が複数、魔法士の前へ飛び出そうとするが続く攻撃で消滅した。
影の王が未だ手の内を見せていない間は、魔法弾を供給する小集団の中でも「魔法力」が20発を超える者たちを中心に魔法弾を集める。「魔法力」が一桁の者で構成された小集団はできる限り温存する。要となる総攻撃のときに全員の魔法力が残っていなくてはならない。
魔法力の消費量については幾度も中継役魔法士を集めて綿密なスケジュールを立てていた。供給する魔法弾の数を柔軟に変化させられるのは、砲台役の背後に並ぶ小集団のリーダーたちが中継役の指示に合わせて、魔法弾を集めるかどうかを切り替えているからだ。
旧魔法兵団では魔法弾を供給しないという選択肢は存在しなかった。「聖弓魔法奏団」は、魔法力の残数に合わせて小集団単位の「供給の有無」を自在に操ることができる。中継役を通して砲台役まで魔法弾を送る仕組みと、供給役の魔法士たちを切り分けた結果、実現可能となった。
温存させる小集団があると言っても威力に問題はない。計50門ある砲台ひとつあたり本人を含めて最大20人分まで用意できる魔法弾を半分余りの供給役に
「影の王本体からの攻撃が来る! 事前の打ち合わせどおり、地上と空中に火力を分けて連結魔法弾を叩き込む。陽動と必殺を駆使して敵の戦力を削れ!」
前列50名の砲台役のうち40名が上空に向けて右腕を伸ばし、添えた左手で右手首を支えつつ照準を合わせる。全砲門の8割までを用いて空中に漂う龍の首を攻撃するのは、頭ひとつが魔法士の集団を喰い散らかし、一撃で数十名単位の死傷者を出す恐れがあるからだ。
影の王から伸びる龍9体は赤黒い
――直後。龍の首が飛び掛かる予備動作を見せる前に、砲台役の先制攻撃が黒い頭部に炸裂した。放たれた炎の光条は龍の横っ面をはじく一撃を見舞うと、今度は別の砲台役の撃った光条が逆側から一撃を加える。陽動を目的とした攻撃だ。
小集団からの経路を中継役が調節し、供給役8人分のひと回り小規模な火炎を用いた。空中に割り当てた40の砲門のうち36箇所から、9本の首へ2発ずつ平手打ちのような攻撃が繰り出される。
影の王から伸びる龍の首は当初、聖弓魔法奏団の中央へ飛び込もうとしていたが、2方向から攻撃され動きを止め、今度は魔法弾を飛ばした一方へ飛びかかろうと身構えた瞬間、全く別の2箇所から魔法弾を受けてバランスを崩した。
9本の龍の頭部へ時間をずらし、30秒ごとにタイミング良く2発の魔法弾を命中させて時間を稼いでいる。一度に18砲門が活動し、1分間に36砲門が躍動する。空中は交差する炎の連結魔法弾によって立体的な幾何学模様が描かれた。
首1本につき砲台役4名。各砲台役が担当する標的はあらかじめ計画した戦術に基づき、首Aから首Iと命名され、出現時の位置でそれぞれの記号を割り当てて識別している。
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