仇敵の弱点(3)

 「影の王」の欠片かけら……正確には影の王から滴り落ちた塊の一部分を入手した事実は、翌日の魔法研究所を大いに騒がせた。鉄の箱に入れられた幅30センチメートルの黒い物体は魔法研究士、研究生関わらず視線を釘付けにした。


 鉄の箱を満たしていた氷は現在溶けて水になっている。試行錯誤しながら凍らせておく時間と分量を把握し、採取時のように水と反応して巨大化、あるいは表面がぜん動することのないように調節方法を一昼夜かけて会得した。黒い欠片は時折、水底で揺れる反応を見せることはあっても、鈍重かつ緩慢な様子で動き回るという印象はない。


 今後は採取した欠片を実験することで弱点を見つけていく予定だ。……と言っても、現時点で結論はひとつ出ていた。水にひたしたうえで凍らせてしまえば動きを封じることができる。水が弱点だという仮説は採取の成功によって証明された。


 もし、新規に効果的な攻撃手段が見つからなかったとしても、影の王に大量の水をかけて延々と氷の魔法弾を撃ち込み続ければ、どこかに閉じ込めて置くことはできるだろう。「水」と氷属性を組み合わせた運用は、魔法研究が残した成果の1項目に加えられた。


 ……ここからが本題だ。さっそく「影の欠片かけら」に対して、魔法属性のいずれが有効なのか、ひとつずつ試すことにした。


 水に漬かった黒い粘土の塊を鉄製の棒を使って外に取り出し、氷属性の魔法弾を浴びせて氷結させる。影の王が産み落とした大きな塊から採取した折と同じように、金槌とノミを使ってさらに細かく一部を削り取った。一度の実験で5センチ幅の欠片を用い、使用後には処分する。魔法研究所2階で最も気密性の高い部屋を実験場として選んだ。


 初日に試したのは「風」の属性を付加した魔法弾だ。自分を含めて3名の魔法研究士が実験に参加した。影の王への先制攻撃を失敗させた原因と考えられている風の魔法弾を試すことは、過去の反省と再出発を意味する。


 主任魔法研究士の私が魔法弾を放つ。小さなつむじ風を浴びた欠片は煙状に姿を変えて部屋の中を高速で飛び回った。煙は魔法士一同を混乱させた挙げ句、黒い液体に変化して魔法弾を放った私に飛びかかろうとした。


 同席した3名全員が準備した火属性の魔法具を用い、炎で応戦した。欠片は魔法弾を避けるように人のいない壁へ着地した。ひとりが火属性の魔法弾を命中させ、黒い液体を蒸発するまで燃やし尽くした。風の属性が影の王と子に活力を与えてしまう事実は疑いようがない。


 他の3属性についても、日を改めつつ新たに分割した小さな欠片かけらを対象にして魔法弾を浴びせる実験を続けた。


 「氷」の魔法弾は小さな欠片かけら相手ならば、水を用いなくても氷結させることに成功した。影の欠片に最初から水が含まれているのなら都合が良い。ただし、過去の戦闘で影の子自身が凍ったという実績は無い。大気中に微量ながら含まれる水分が作用したと考えるほうが現実的だ。


 影の王と子は粘性があるとはいえ液体である以上、凝固させるのを目的とした手法は間違っていない。問題があるとすれば、氷の魔法弾には解析不能な物体の温度を下げるパワーが足りない点だ。巨大な影の王を凝固点まで冷やすのは難しい。氷の属性は、あくまで水と組み合わせる条件付きで効果が期待できそうだ。


 「火」の属性は影の欠片を炎の中に消し去る能力を持つ。昨年影の王と対峙たいじしたときも有効だった。懸念材料は、影の王は炎に包まれた状態から何らかの方法で回復できることだ。現在も空中で健在ぶりを見せる仇敵きゅうてきにいかほどの魔法弾を浴びせれば撃退できるか、見当もつかない。


 「土」の属性については残念ながら、全く成果が得られなかった。影の欠片に魔法弾を撃ち込んでも一切変化がない。現状では「治癒」という防御面での運用に特化した属性と言える。


 ……結局のところ新情報は得られなかった。やはり「火」の属性を付加した魔法弾のみが攻撃手段たり得ることが証明された。影の王の弱点に関しては欠片を採取したときに活躍した「水の利用」こそが、最大の収穫だ。


 目覚しい成果を挙げられない影の欠片への実験だったが、別方面で思わぬ効果が魔法研究所にもたらされた。


 影の欠片を保持している情報が首都北方にあるレジスタ共和国政府の高官各位にも知れ渡り、見学する者が日を追って増えたのだ。ジョースタック魔法研究所長は訪問者ひとりひとりに丁寧に応対して、隙あらば予算の増額を持ちかけた。


 1階の大広間を使って公開実験と称し、火属性の魔法弾による影の欠片の退治と、氷の魔法弾と水を組み合わせて捕獲する実演を繰り返した。私も予算面ではジョースタックに依存している現状を承知しているので、見学者用の実験については安全性を確保したうえで積極的に協力した。効果があるのなら、自分が共和国政府へ出向くことも検討するべきだろう。

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