勝敗の行方(3)
女性の魔法士が入院しているという病院は、3階建ての立派な木造建築だ。入り口で診断書を取り出した。受付の係員に事情を話す。苗字が一緒で同郷の関係ということ、魔法士として影の王との戦いで傷つきお互い入院中であることを伝えたら、あっさり通してくれた。目的の部屋は3階の角部屋らしい。
さすがに苦労して病院の階段を昇り、なるべく周囲に視線が行かないよう遠慮しながら奥の角部屋へ向かった。ドアは開放されていた。
女性が一人、窓に隣接したベッドから上半身を起こして外を眺めていた。部屋は狭くないが、他に誰もおらず個人部屋のようだ。
「ティータ、元気か?」
色気も何もない言葉が口から出た。元気であるはずがない。本人かどうか確認したかった。
「……アキム! 無事だったんだね」
間違いなくティータだ。振り向く前から気づいていたが彼女の
「だいぶ、痩せたみたいだな。食事はしっかり
彼女は笑わなかった。
「見て……右手……指がなくなっちゃった」
みかん色の髪をした幼なじみは包帯に覆われた右腕を差し出した。親指は残っているが、人差し指から薬指にかけて第2関節から先、指半分がごっそり無くなっていた。
「もう魔法弾を撃つことはできないみたい」
自嘲めいた笑みを浮かべた。
「おれは右足が影の子に喰われかけた。そのうち人を襲い始めるかもしれん」
包帯に厚く巻かれた足をぽんと叩いて見せた。少しでも場を
「わたしね……わたしのせいで、第7部隊にいた魔法士たちを爆発に巻き込んじゃったの。わたしの近くで亡くなっている人がいたら、影の王じゃなくて、わたしのせい……」
気落ちした様子で
「わたしも最後まで戦いたかった……。魔法弾を撃ったとき起こった爆発で後方に弾き飛ばされたんだと思う。そのとき胸と腕の骨を折ったみたいで……後はよく覚えてない」
瞳を閉じてうつむいた。彼女の痛みが
……ティータが幸運にも生き残った理由がわかった。記憶に残る爆発の威力ならば、五体無事だったとしても衝撃で数十メートル後方に吹き飛んだ可能性がある。
息があれば、支援役の魔法士によって致命傷だけは回避できただろう。魔法兵たちの後方で戦闘不能に陥ったため、かろうじて襲い来る影の子から襲われずに済んだ。
「戦うだけが魔法士じゃないぞ。これから影の王が完全によみがえる運命の日まで、休んではいられない。研究をやめてしまったら、亡くなった人たちへ顔向けできないだろう?」
私はやせた顔をのぞきこんで肩にそっと手を置いた。慰めの言葉が見当たらない代わりに、
「ごめんなさい……もう無理。自分が死ぬのは怖くないけれど、周りの人を死なせてしまうのは耐えられない。目を……目をつむるたびに亡くなった人たちの表情が浮かんでくるの。怖くて研究なんかできない。魔法だって……もう見たくない!」
気丈で誠実だった女性魔法士の
「わたし……怪我が治ったらミヤザワ村へ帰る。アキムも一緒に帰ろうよ」
優しい彼女は自分のことも心配してくれているようだ。しかし、私は心に固く誓ったことがある。
「悪いが、おれは魔法士として研究所に残る。大事な後輩が命を救ってくれて、そのおかげで生きているんだ。どんな運命が待っていようと、影の王打倒を目指す魔法士たちの宿願は果たすつもりだ」
彼女は意外な返事を聞かされて驚いたようだ。
「アキムは強いね。わたしもあなたみたいに強くなりたかった。でもダメだった……。近くで応援したいけれど、わたしは足手まといになる」
「君は
目の前にある彼女の右腕を両手ですくい上げた。
「君の負傷した手が右手で良かった。結婚指輪をはめる手が残っていなければ、永遠に独り身だったかもしれない。ミヤザワ村で元気に過ごしていれば、いずれ残ったのが左手で良かったと思う日がきっと来る」
「……来ないと思うけど」
「おれが来させてみせるさ」
ティータは初めてくすっと笑った。口を隠すため持ち上げた左手は右手同様、包帯に覆われていたが、悲劇の
しばらくの間、魔法研究生になる前に彼女と故郷で経験した
「時間が許す限り、ミヤザワ村へは何度も帰郷する。またゆっくりと話をしよう。ティータは長い髪の方が似合うな。魔法士の仕事が全部終わったら、街で一番高価な髪留めを買って村へ帰る。香水も今使っているやつの方が好きだ。2年前から匂わせていた香りは正直苦手だった」
「……ずいぶん、注文が多いのね。それで6年間待てというんだからホントわがままなんだから」
またくすりと笑った。彼女に以前の笑顔が戻っていた。
「じゃあ、今日はもう帰るから、身体には気をつけろよ」
「アキムの方こそ心配だけどね……」
ティータは寂しそうな表情を浮かべた。魔法暦100年は6年後だ。けれど、影の王を倒すことが叶えば6年から先も生きていける。聡明な彼女は理解しているはずだ。窓から差し込む中秋の柔らかな日差しを受けて横顔が明るく輝いた。美しいと素直に感じた。見とれつつも屈託のない笑顔で返す。
……再会して1時間も経たず幼なじみに別れを告げた。
私は病室を出ると気を引き締め直し、視線をまっすぐ正面に
頭に浮かぶ不安の種は解消した。これからは未来のことに思考をめぐらさなければ……!
そのあと出会った人が皆、口をそろえて表現した。
「負傷兵に
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